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収拾をつけよう

◆ 辺境伯低前 ◆


 ギロチンバニーを倒すどころか負けたのに、その顔は清々しい。今、ここにいるのは首がないアンデッドじゃない。首もあるし、立派な鎧を身に着けた一人の人間だ。まだ油断は出来ないけど変化があったから、少しは様子見かな。


「私はヴァハール……出身も何もかも思い出した。無敵の英雄と賞賛され、闘技大会を制した。

そんな私の功績を認めた王が、未踏破地帯である獣魔の森の探索隊へと抜擢したのだ」


 一つずつ思い出すようにして喋っている。今までのこの人は何だったのか。さっきまで怒り狂っていたアンデッドはどこにいってしまったのか。


「探索も順調な最中……私は魔物に殺された。たかがウサギという驕りが、先程までの怒りを冗長させていたのかもしれん」

「それで今はどういう気分ですか?」

「悔いはない……といえば嘘になる。ただ今はこう言える……楽しかった、と」

「それは何より」


 薄く笑うヴァハールおじさんの顔に嘘はないように思える。私としては害がないなら、これ以上どうこうしたくはない。街を荒らすアンデッドがいなくなったなら、それでいい。


「たとえ全力だろうと、私はギロチンバニーに殺されていただろう。それがわかっただけでも十分だ。それに……」

「この剣ですか」

「この時代にも、猛者がいたものだな」

「そんな、照れますよー」

「アスセーナちゃんのことだったんだ」

「そちらの娘も大した腕だ」


 割り込んで自己主張してまで、実は悔しかったのかな。ついでのようにフォローされてるし。達人剣は、このアスセーナちゃんや船長すらあしらうヴァハールさんに迫る実力があるわけだ。更にはあの土壇場での新スキルは、すごい閃きと度胸だと思う。本当に持ち主は何者さ。


「少女よ、名前を聞かせてほしい」

「アスセーナちゃんを初めとして、散々叫んでたじゃないですか」

「そうだったな。すまない」

「冗談ですよ。モノネです」

「モノネか。不思議な力を感じる……アビリティ一つでここまで圧倒されるとはな。本当にとてつもない」

「褒めても何も出せません」


 あまりそれを口外しないでほしい。知れ渡ってもろくなことにならない。それはそれとして、これはいい流れ。ティカのことを知ってるみたいだし、聞くしかない。


「ところでさ、このティカのことを知ってるの?」

「それは……いや、見当違いかもしれん」

「それでもいいんで、知ってるなら教えて下さい」

「それはゴーレムだ」

「ゴーレムなの?!」

「何を驚いている……?」


 いや、驚くでしょ。私が知るゴーレムとかなり違うから。ティカがすぐにゴーレムだとわかったという事は導き出せる答えは一つ。


「ゴーレムって大きいやつじゃないんですか?」

「そういうのも開発されてるとは聞いたがな……私もあまり詳しくは知らない」

「喋ったりするもの?」

「聞いたことがないが、ゴーレムとは戦いに使用されるもの。そんなものを連れて歩いては凶兆ともなろう」

「そこまでは余計なお世話ですね」


「僕がゴーレム……?」


 明らかにティカを困惑させちゃってる。記憶がないけど、それがいいものとは限らない。もしかしたら戦いだとか嫌な記憶かもしれないし、それなら思い出させないほうがいい。


「そうか。いらぬ世話だったな」

「いえ」

「……消える前に謝ろう」


 ヴァハールさんが立ち上がり、皆に向かって深く頭を下げる。


「すまなかった。許してもらえるとは思えないが、過去の亡霊は今ここで消える。新しき時代に枷はいらん。最後に……強者と巡り合えて幸せだった」


 頭を下げたまま、ヴァハールさんが謝罪の言葉を口にした。そんなヴァハールさんに一つ、二つと拍手が送られる。


「いや、いいものを見せてもらったよ!」

「無敵の英雄が現代に蘇った街だなんて、かえって箔がつきそうだな!」

「冥界に行っても達者でな!」

「いい男だったわよー!」


「皆……」


 この街は本当にいい人達ばかりだ。大した被害もなかったというのもあるけど、無敵の英雄ってところがよかった。これが無名だったら、どうなっていたか。


「ありがとう……こんな私に……もったいない拍手だ。もう悔いはない……そろそろお別れだな……」


 ヴァハールさんが両手を広げて、天を受け入れるかのようなポーズを取る。あれで冥界に行けるのかはわからないけど、とにかくこれでお別れだ。一連のアンデッド騒動は見事に決着か。

 長い戦いだった。今なんか完全に深夜だし、レリィちゃんみたいな子どもが起きていていい時間じゃない。そう考えたら唐突に眠くなってくる。


「お別れだ……」


 ヴァハールさんがお別れの挨拶をしたわけだし、帰って寝よう。そうしよう。


「……お別れだ」


 そう、お別れの挨拶を。いや、あの。こんな事を言ったら何だけど、いつ召されるんですか。


「お別れだ」


 ずっとあのポーズを維持しているヴァハールさんも、そろそろ気まずくなってきてる。そもそもアイゼフといいゲールといい、天に召された試しがない。未練を晴らしたはずなのに、これは何がどうなってるの。


「おわかれ、だ」

「あの、ヴァハールさん?」

「……何故だ」

「恐らくですけどね。まだ未練があるんじゃないでしょうか」

「バカな。私はギロチンバニーに完敗した。戦士として悔いはないはずだ」

「本当は悔しいんじゃないですか?」

「そんな事は」


 それ以上、言葉が続かなかった。皆の涙腺を誘う中、天に召されるはずだった。ところがこの展開よ。これは恥ずかしい。一番、気まずいのは皆だ。雰囲気に飲まれたところでこれだもの。一斉に「えぇー?」みたいな顔をしてるよ。


「これは困ったな、ボス」

「アイゼフ、お前も逝けぬか」

「このままでは彷徨うアンデッドのままだ」

「困ったぜ、隊長!」

「いやー、まいったわー」


 その割には全然悲壮感がないんですけど。それどころか、なんでこっちをチラチラ見てくるの。嫌すぎる予感をヒシヒシと感じる。


「このままではアンデッドが人間の街を彷徨う事になるな」

「他当たって下さい」

「行き場などあるのか?」

「探して下さい。開拓隊の維持を見せて下さい」

「それは大昔に見せた」

「言っておくけど養えませんからね。何より辺境伯が許さないはずです」


「んー……」


 いや、考え込まないで。アンデッドですよ、アンデッド。厚かましくも定住する気満々とか、どういう神経してるの。


「アンデッドなんか住ませたら、王都とか各方面からクレームがくるんじゃないですか?」

「そこは問題なくクリアできるよ。魔物だってきちんとした手続きを踏めば、街に入れるからね」

「そういえば魔獣使いとかいう前例があった」

「決まりだな、辺境伯!」

「決めんな」


「てことはヴァハールがこの街に?」


 皆様も期待感に満ち溢れてらっしゃる。街の景観とか、いろいろ大丈夫なの。私としては迷惑かけられなければいいんだけどさ。


「これよりナンチ開拓隊はランフィルドを拠点として活動を再開する!」

「おぉー!」

「隊長ナウいぜ!」


「大歓迎だ! うちの店でアンデッド割引を開始しよう!」


 ナウいとか言うな。深夜だというのに大盛り上がりだ。すでにアンデッド相手に商売のプランを立てている人もいるし、たくましすぎる。

 さっきまで脅威だったナンチ開拓隊の方々が、今や皆に囲まれて人気者っぽくなってる。まぁ元々人間だったわけだし、分かり合えないわけじゃないだろうけど。それにしてもこの切り替えの良さは、私以上だ。


「皆さん、収まるところに収まりましたね! ところで今後はどうされるおつもりですか?」

「この街に住むからにはもちろん仕事をしよう。出来ることは何でもする」

「必要とあれば、開拓を手伝おう」

「隊長! 炎龍って店がイカしてますぜ!」

「ほう、それは興味深いな」


 このままだとイルシャちゃんのお店が死者どもの憩いの場になってしまう。差別したくはないけど、飲食店とアンデッドの相性くらい考えてほしい。


「まとめて歓迎するわよ! でもマナーはきちんと守ること!」

「酒ついでくれよな!」

「そういうところね!」

「ゲールさんは、いい女が酒をつげば天に召されるんじゃないの。私でダメだったから、イルシャちゃんよろしく」

「んん! まーだケツが青いな! もっとこう、グラマーな女でないとな! あんまりガキなのは小便臭くていけねぇや!」

「もうやだこのガイコツ」


「やっぱり女は大人に限るぜぇ!」


 どいつもこいつも死して尚、盛んだ。ヴァハールさんといい、全体的に年上が好きなんだな。至極どうでもいい情報を入手したところで、今度こそお開きしたい。


「俺達の寝床は気にしなくていいぜ。アンデッドだからな」

「元々気にしてないんで、気にしないで下さい」

「いい機会だ。お前という人間に興味が沸いた。その剣にもな」

「ただの引きこもりなんで忘れて下さい」


「な、なにぃ? 引きこもりだと……?」


 なんかヴァハールさんの表情が一変した。これ地雷かな。そういえば、そういう人達だったね。


「引きこもりだと!」

「家の手伝いもせずに!」

「親は何をしている!」

「息が合った波状攻撃すぎる!」

「どうやら、叩き直す必要があるな!」

「冒険者やってるんで!」


「あら、タクオさん? どちらへ?」


 見ればコソッと皆から離れていくタクオがいた。何気に今回の騒動の元凶なのに忘れてた。いい感じでターゲットが逸れてくれそうで助かる。高速で捉えられたタクオはアスセーナちゃんにロープで雁字搦めにされた。仕事が早すぎる。


「悪かった! 謝るよぉ!」

「タクオ! 貴様、小説など書いているのか!」

「今それ言うんだ」

「ごめんなさいごめんなさいぃ!」


 涙と鼻水まみれになったタクオは実に情けなかった。それなりにいい歳してるはずなんだけどね。そんな大人だから、後先考えずに今回みたいなことをしちゃうわけだ。でも、このタクオはどうやってアンデッドを蘇らせたんだろう。そこも含めて突っ込んでいく方針か。


◆ ティカ 記録 ◆


僕が ゴーレム?

あの カロッシ鉱山にいたゴーレムとは 似ても似つかないはズ

う うう

なんだか 体の奥が うずク

これは 僕にとって 嫌な記憶ダ

嫌だ 思い出したくなイ

静まレ


ひ 引き続き 記録を 継続

「はぁ、髪が伸びてきたなぁ。散髪めんどくさい」

「この僕が散髪しましょウ」

「出来るの?」

「枝のような毛が無造作にちりばめられたマスターの髪型ならば可能デス」

「要するに適当にやってもどうとでもなるって事だよね。断る」

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