アンデッドの弱点を突こう
◆ ランフィルド病院 入口 ◆
「さぁ、かかってこい!」
中腰姿勢のまま、両腕でガード。いきなり守りに入りやがった。壁を自称するだけあって鉄壁っぽい。体も大きいし、おまけに不死身のアンデッドだ。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしないはず。となれば取る手段は一つ。
「さようなら」
「お、おいぃ! 逃げるな!」
すみやかに撤収。なんで襲いかかってこない奴の相手なんかしないといけないのか。こちとら暇じゃない。他のアンデッドどもからも非難されまくりだ。
「なんだぁ! 腰抜けのクソガキじゃねぇかぁ!」
「結局、怖くなっただけだろ!」
「ああやって嫌なことからも逃げ続けてきたんだろうなぁ!」
煽ってるつもりらしいけど響かない。最後がすっごい当たってるけど響かない。人生の先輩だけあって勘が鋭くて感心する。
「ちょっと病院に戻ろう」
「薬の手配ですカ?」
「うん。奴らの弱点がわかった以上、利用しない手はないよ」
「まさか薬が効くとは……なぜ今まで誰も着目しなかったのカ」
「さぁね」
薬が効くなら病院の人達だけでアンデッドを対処できるかもしれない。医院長かバルマンさんか、偉い人に相談してみよう。
◆ ランフィルド病院 受け付け ◆
今、ここにランフィルド病院の人達が集まってる。医院長やバルマンさんを含めた医師達だ。アンデッドに薬が効くなんて普通は信じないだろうけど、私はブロンズの称号を持つ冒険者。最初は渋い顔をされたけど実績が光ったのか、最初に私の提案を受け入れてくれたのは医院長とバルマンさんだった。
「確かにこちらに入ってこないな」
「でしょ? すごい罵声まで浴びせてきてるのにアレですよ」
「医院長、私の推測ですがこの消毒液の匂いそのものにも効果があるかもしれません」
「バルマン医師の推測が正しければ、事態は大きく好転する。だが戦う力がない我々で実証するのは危険だな」
「はいはい、そこは私の出番ですよ」
ざわつく室内をよそに、消毒液のスプレーを貰う。このスプレーで消毒液以外も噴射できれば面白そう。
レリィちゃんに相談しつつ、液体状の薬を詰めて準備は万端。
「ドアから見ていて下さいね」
「これがうまくいけば、町中からアンデッドを一掃できるな。今回ばかりは冒険者達の出番はないかもしれん」
「だといいんですけどね」
希望を見いだしたところで、ドアを開けて罵声をやめないアンデッド達の元へ向かった。
◆ ランフィルド病院 入口 ◆
「死ね!」
「死ねクソが!」
「くたばれ!」
罵倒の語彙がひどい事になってた。もう何もかも言い尽くしたんだろうな。くたばったらそちらの仲間になるだけだろうに。
「皆さんご機嫌よう」
「お前ぇ! 死ね!」
「クソクサギ!」
「その恰好バカじゃねえの!」
「あんた達がバカにできるファッションセンスなんてこの世にない」
身も心も腐ってる人達に容赦なんて必要ない。消毒液スプレーを構えると、アンデッド達の罵倒が次第に止んでいった。これが何かわかったんだろうな。でも遅い。
「そ、それってまさか」
「噴射!」
「ひぎゃぁぁぁぁ!」
「うげぇぇ!」
「お、おげぇぇぇ!」
消毒液スプレーを浴びたアンデッド達は熱されたカツオブシのごとく踊り狂ってる。体が崩れ落ちながらも、千切れた腕が独立して動いて。最後に頭が消滅するまでしきりに呻いていた。思った以上にとんでもない惨状だ。
「チキショオォォ! やられてたまるかぁぁ!」
「お、粘ってるがいるな。じゃあ、こっちはどうかな」
「ぶふッ……」
薬のスプレーを浴びせた途端、消毒液スプレーの比じゃない速度でアンデッドが消し飛んだ。威力が凄まじい。レリィちゃんがすごいのか、薬そのもののほうが効果が高いのか。両方かな。
「お、オラの部隊が……!」
「あんたにも効いてるけど、消滅しないね」
「この程度でオラが死ぬわけねぇってよく言うだろぉ!」
「言わない」
体の表面が焼け爛れたみたいになってるし、効いてることは聞いてる。やっぱり個体によって効き目が違う。こいつみたいに強い個体だと致命傷にはならない。でも弱いアンデッドには効果抜群だったから、収穫としては上々かな。
「防御はぁ……最大の攻撃ィ!」
「で、かかってこないんだ」
「攻撃しねぇとおめぇもオラを倒せねぇってよく言うだろぉ!」
「このままスプレー噴射し続けるけど?」
「ハッ?!」
ガード姿勢のままハッとしてる。そして肌が段々とひどいことになる。守り屋も大変だね。
「だったらこのままガードアタックするだけだってよく言うだろぉ!」
「それ結局攻撃じゃん」
両腕をクロスしたまま体当たりをしかけてきた。さすがにこんなもんに当たるわけない。軽く跳んでかわしてからまたスプレー噴射。噴射。噴射。
「あーちぢぢぢ! クソォォォ!」
「さすがにタフだなぁ」
「やったなぁ……オラをここまでガードさせちまったなぁ……」
「嫌な予感」
「おせぇ! "壁"の本領は相手次第で最大の打撃を与えられるところだってよく言うだろぉ!」
やばいやばい、これはやばい。本当にやばい。自分に蓄積したダメージを私に与えるつもりか。ひとまずこの場を離れよう。
「逃げても無駄だって言うだろぉ! カウンタースキル発動!」
「達人剣君! どうにかなる?!」
――ならない
無慈悲。あいつがクロスしていた腕を広げた瞬間、私の体に刺激が走る。一瞬だけ心臓が高鳴り、じわりと広がる冷たい感触。
「冷たい」
体中がびしょびょだ。消毒液やら薬の匂いがひどい。ウサギスウェットも布団も濡れた。これ自体は元に戻るから問題ない。
「あー、ビックリ」
「なしてダメージ受けねぇ?! オラのカウンタースキルはオラが受けた攻撃をそのまま返すってよく言うだろ!」
「だから、あんたにかけた消毒液と薬が私に返ってきたんでしょ。効いてる効いてる」
「……あぁぁ!」
アンデッドじゃない私に消毒液や薬を返しても意味がない。自分のスキルの特性を知っていて今更驚くんじゃない。この人、すごいバカなんじゃないの。
「じゃあオラはまたガードするから……」
「私は薬スプレーに徹するね。いつまで受け続けていられるか試す?」
「そ、それ以外で攻撃してくれぇ」
「嫌だ」
「そんなぁ……」
完全に黙ってしまった。気まずい沈黙の時間だ。そして顔が歪んだと思ったら大粒の涙が浮かび、次の瞬間。
「オラが悪かったぁぁぁ!」
「詰んでしまったのか」
「治してくれぇぇ!」
「無理」
本当の意味で大の大人が泣きじゃくる。アンデッドにも涙があるという新発見。学会で発表したらすごく褒められるかも。
「本気で降参するんなら、人間に危害を加えないでね。やったら次こそ消滅させるからね」
「わかった! わかったから治してくれぇぇ!」
「これ以上、怪我しようが何しようが死なないんだから治す意味ないよね」
「あっ!」
見た目でアンデッドを判断しちゃいけないけど、頭はよくないだろうなとは思っていた。正確には消毒液で火傷するけど、あえて黙っておこう。
「そうか……オラは死なないんだぁ……」
「いや、死んでるけどね」
「死んでる?! やっぱり治さないと」
「もういい」
「どうやら決着はついたようだな」
観戦していた医院長達がゾロゾロと出てくる。手には薬と消毒液スプレーの二刀流だ。対アンデッドへの備えはバッチリかな。
「お、おい! まさかそれでオラ達の仲間を?!」
「悪さするんならやむを得ない」
「オラが説得するから、それだけは勘弁してくれ!」
「本当に? だったらあんた達の隊長とボスも説得してくれる?」
「う……わ、わかった」
「よし。じゃあ、行ってきて」
グーバンがのそのそと歩き出して、隊長の元へと向かう。確か辺境伯邸にいるんだっけ。戦力集めもしたいけど、これ以上あの人を危険に晒しておくわけにもいかない。最近、ガラにもない事ばかり考えさせられるな。
「このスプレーなら、非力な我々でも自衛は出来る。バルマン君、これを出来る限り用意できるか?」
「はい。出来れば病院外にも配りたいですな」
「それなら私がやります!」
「オレも手が空いてるから手伝うぞ!」
「助かるが病院を空けるにもいかない。私で人員の割り振りを決めよう」
この人達、団結して行動しつつある。あの治癒師ビルグの時にも思ったけど、この結束力はすごい。私はいい街に住んでいるわけか。
「ティカ、予定通り私達は冒険者ギルドへ行こう」
「ハイ。しかし、辺境伯はいかがいたしますカ?」
「私一人で向かっても返り討ちに遭う可能性大だもん」
「うむむ……せめて戦闘Lvさえわかれバ……。それと冒険者の皆さんはギルドに集まってる様子ですネ」
「へぇ、皆いるんだ」
「ただ船長とアスセーナさんの反応がありませン」
「もしかしてすでにボスを倒しに向かっていたりして」
超強そうだったし、あの人ならやってくれると信じてる。未来視みたいなアビリティもあるし、負ける要素がなさそう。アスセーナちゃんもきっと大丈夫。私のような凡人は皆と合流するのが先決だ。
◆ ティカ 記録 ◆
なぜ 今の今まで アンデッドへ 薬が有効だと
誰も 気づかなかったのカ
推測だが アンデッド自体 エクソシストに 任せるのが
定石故に 誰も 気にも とめてなかっタ
もしくは 低級のアンデッドに 薬が有効なのは
すでに常識な上に 弱ければ エクソシストでなくても
倒せるからカ
どちらにせよ 状況が好転したことに 変わりなイ
しかし アンデッドも 元は人間 話せばわかル
ゲールとグーバン この二人とは 分かり合えそうな気がすル
だが 隊長とボスは どうカ
行方不明の 船長とアスセーナさんも 気になル
引き続き 記録を 継続
「いったぁ! チキショー!」
「マスター! どうされましたカ!」
「小指をぶつけた」
「そ、そうですカ。それでは誰に怒りを向けていたのデ?」
「自分のせいなんだけど、異様に腹立つじゃん。物は悪くない」
「物の声を聴けるマスターだからこそ、より物に対する理解を深められるのですネ」
「普段からぼさっとしてるからそうなる、だってさ。やっぱり腹立つ」




