海峡のロケット
これもいつの日か、ちゃんとドライビングシーンを書かないとなあ……
ここは、忘れられた村だ。
平成の大合併でも、村として残った。村として残りたかった訳じゃない。
トンツーやロッカやニシメヤ、イナカダテの様に、村として残る意思を示した村も在ったが、オーマの両隣は別だった。どこも、合併してくれなかった。
トンツーやロッカやニシメヤ、イナカダテは、自己財源が豊富であり、その独占のために村単独の存続を選んだ。
発電所や公営ギャンブルの場外券売所等の打ち出の小槌は、この村には無かった。
何の財源も無いここは。打ち捨てられた村となった。
だが、今は下北半島全体がムツ市として統合され、村の名前も一地区として残るだけになった。
私は、中学時代からオーマまで自分で通学していた。スクールバスのバス停まで行くくらいなら、そのまま中学校まで行った方が早いと、中学2年から特例でマイカー通学をしていた。
今は、週3回ムツ総合高校に通っている。
中学時代に、ルート338号を冬の早朝に走っている時、路面に積もった雪を巻き上げながら走る姿がロケットの様だったことから、いつしか「海峡のロケット」と言われるようになった。
信じられないかも知れないけど、未だに圏外の山の中を抜けて高校まで通ってる。
対向車も30分来ない時もある。不安だからこそ、スピードを上げて早めに圏外を切り抜けるようにしている。
おかげで、自分でいうのも何だけど、運転はうまい方だと思う。
高校で出会って友達になった同い年3人で、チームを組んでレースに参加したら、優勝しちゃった。
3人共に長距離通学のおかげかも知れない。
メンバーは、Tonttu-village 、 Rocca-village 、そして、私「海峡のロケット」 Psy-villageだ。
3人共にロータリーエンジン搭載車で、優勝はそのおかげと言われたけど、他にもロータリーのチームは居たんだけどな……
ロータリーエンジン車は、レシプロに比べてエンジンルームが小さいからその分燃料の水素タンクのスペースを若干多く確保できた。
特に私の愛車 AR-1 は、航続距離200kmあるから学校で水素補充して家と往復可能だった。
カタログ値は200kmだが、実際には160kmくらいかな。
オーマでマグロ漁師しているオジサンが、マグロの初セリで儲けたと言って高校入学の記念に買ってくれたAR-1は今日も、ヒバの森にロータリーサウンドを響かせて走っている。
海峡のロケットの二つ名のごとく、峠を苦も無く登って。
次は、ちょっと飛んで18時に投稿します。
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