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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
3.5章(3章後日談)
83/140

82 糸口と戦うべき相手

黒曜石を研いだような冷たく鋭い漆黒の角。

最初の最初からこの角のことは不思議に思っていた。


マグは特段動物的な特徴を持っているわけでもないただの人間で、スーにきいても「竜よりもっとすごい何かなんじゃない?」などと返されていたくらいだ。

マグの体のことはマグ自身に聞くしかないと思っていたし、その肝心なマグ自体が俺と別に存在することはないとも思っていた。


それが今回、「機械都市で待っている」という書き置きを発見したことによって根底から覆されている。


(真実が知りたければ来たらいい……か。改めて、挑戦的な書き方だよな……)


不安要素を解剖するための手立ての一つは、俺以外にも俺を呼んだマグが実はもう一人いて彼が機械都市で生きているのではないかという新しい疑惑を追い求めること。

もう一つはこの黒織結晶ヴォイドの研究を通じて繋がっていた関係にある、テーオバルトら治癒団リントの研究員の話を理解することだ。


「先日から私も王国騎士団バテンカイトスと協力して民間人の救護にあたっていたので話には聞いています。死したはずのファレルファタルムが蘇ったことや彼女が黒織結晶ヴォイドに浸食されていたこと。それらを銀蜂アンバーマーク隊が処理したという話ですが……マグ先生。騎士団の方たちは詳しく告げてきませんでしたが、ファレルファタルムの黒織結晶ヴォイドを除去したのは貴方なのでしょう?」


テーオバルトが問うてくる。その内容に俺はしっかりと覚えがある。

ジンガ達と共に森でファリーを仕留めイレクトリアに絵本を突きつけるまでの間に、俺は光の魔法を使ってファリーの首や胸を侵食していた黒い結晶……彼が黒織結晶ヴォイドと呼ぶ物を消し去った。

間違いなく俺がファリーを苦しめていた物体から彼女を救ったのだ。

彼の問いに手ごたえを求めながら、


「その……通りだよ。ファリーを助けたのは俺だ。彼女を暴走させていた黒織結晶ヴォイドは俺が除去した」


多少大袈裟に言っても嘘にはならない。俺がゆっくりと頷くと、


「やはりそうでしたか。黒織結晶ヴォイドへの対抗術を生み出したのは他でもない貴方だ。私たちがどんなに苦労してもあの魔法は貴方にしか扱えなかった。機械都市で調べたい事とはその魔法を他者へ伝授拡大する手法の詮索……ということですね?」


もう一度テーオバルトが話の終わりに問いかける。

羨望に近い期待を寄せ、俺の発言を今一度確かめるように。

今度の彼は勝手な予測をして言っているが、こちらとしては都合がいい。もとい、この話題に乗るほか俺には道筋がない。


「そう。そうなんだ。だから俺は機械都市へ行かなくちゃならなくて」


「わかりました。そういうことであればセファ先生には私から掛け合ってみます」


よし。と、心の中で俺は小さくガッツポーズを決めた。

セファには理由を提示する間もなく追い払われてしまったが、ここではご都合にあやかろう。

一度閉ざされかけた機械都市への道程がテーオバルトを通じて再び開けたことに少し安堵し、わずかながら希望を得ることができた。


(この光の魔法がそれほどのものだったなんて……)


マグが残してくれた魔法が黒織結晶ヴォイドに対抗できる唯一の魔法で、扱い手も俺しかいない。

そのお陰でこうして事が上手く運ばれているのも事実ではあるのだが。


「テーオバルト。さっき黒織結晶ヴォイドが残留していると言っていたけれど……」


「はい。貴方と……いえ、貴方は今生きてここにいらっしゃいますね。失礼。魔王亡き今も黒織結晶ヴォイドに蝕まれている者たちはいます。その患者たちを我々でも救うべく研究をしていたところでして」


どうやらこの会話から得られたものは俺の一方通行な幸運ばかりではないらしい。


「マグ先生。貴方が戻ってくださってよかった」


応えないわけにはいかない。

ただならぬ期待を込められているのがテーオバルトの息遣いからもわかる。

機械都市でマグと俺自身の謎を追うことの他に俺にしか取り除けない脅威・黒織結晶ヴォイドに対する施策を探してくることが追加されてしまった。

敵が魔王ではないことは最初からわかっていた。俺が村人Aではないことも。

やたらとやることの多い異世界でもう一つ、俺にしかできない、俺がすべきことが判明した。


(一つ解決すればまた一つ、か……)


次に戦う相手は魔王が残した奇病だなんて。しかもその病を俺自身も抱えている。

幸運と不幸は隣り合わせかはたまた表裏一体か。


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