56 ありよりのあり
「ミレイ、それよりもこれがどういうことか教えて頂けませんか? 貴女方騎士は何を……」
「ぇー? ぁー……あーしは正直よくワカンナィ。金鷹隊って変に人数多いしトーソツ? とれてないってゅうか……そもそも勝手なコトしてる時点でゥチらとはあんま関係なぃしー……」
後輩に顔回りをくしゃくしゃにされても冷静なシグマは、ミレイの尻に敷かれている大男とその男につけられた傷を手当てしてもらっているアプスを交互にみて尋ねた。
だが、ミレイも困ったように頬を掻くばかりで、
「とりまゥチとテーさんは見回り中で、これから森の観測砦らへんに合流する予定だったんですケド。シグマ先輩、お手柄マジたすかり! グッジョブ!」
自分と連れの竜人が通り掛かったこととこれからのことへ話題を逸らし親指をぐっと突き出した。
同期でよく行動を共にしているカナンが一緒にいれば上手く説明してくれたんだろうけど。と、考えるのを放棄して舌を見せながら尻の下のガルラをつつく。
「え、えっと、ありがとうシグマさん。 それで、さっきボクに用があるって……」
「ストランジェット……ええ」
話を半端にしたミレイがガルラに縄を掛けている間に、スーのほうからシグマに話し掛ける。
助けて貰った礼を言って頭を下げてから見上げ尋ねる彼女を正面に見、改めてシグマはレストランに来た輝石竜の面影を重ねた。
「色々と聞きたいことはあるのですが……そうですね。貴女の家族構成を教えて頂けますか? ストランジェット」
「ボクの家族? ボクを育ててくれたのはマグ先生だけだよ。あと、魔法学校のみんなが家族……」
「先生……ああ、例の。他に母親や姉妹はいないのですか?」
「ボクのお母さん……?」
「はい。本日、貴女によく似た女性が私の店にいらっしゃったんですよ」
不思議そうに首を傾げるスー。自分の記憶にはマグしかいない。学校の皆はそれには当てはまらず、ビアフランカは母的な存在ではあるがそれは誰しもみんなにとってそうなのである。
検討もつかないと考え込み出す彼女に、シグマは既につけていた検討を投げ掛けてみる。
「彼女も貴女と同じ輝石竜でした。私はその女性と貴女に何か関係があると思っていたのですが……」
「うーん……でも、ごめんねシグマさん。やっぱりボクにはお母さんもお姉さんもいない、と思うんだ……」
スーがシグマの投げ掛けに困った様子でいると、黒い三角耳をぴくぴくと揺らしてミレイが二人の方を向いた。
気絶しているガルラの太い両腕に鎖を何巻きかくぐらせては締め付けながら会話に割り込む。
「ねね? シグマ先輩、それってもしやファレルファタルムって竜のハナシだったりする?」
「ファレルファタルム……?」
「それというのは?」
「もしそーだとしたら超超超イイカンジなんだケド」
その名前を初めて聞いたスーとシグマが顔を見合せて復唱すると、ミレイは説明をしようと腰に巻いた布に手をあてて資料を取り出そう。と、したのだが、ここで二度目の、
「はぁ。こーゆーときにカナンちゃんがいてくれたらよかったのに……」
今度は口に出てしまった。資料として竜の描かれたイラストを持ち歩いているのはカナンの方で、彼女に頼りきりのミレイは自分の分を荷物になるからと支部に置いてきてしまっていた。
そんな自身の失態を失態とは捉えずに、気楽な彼女は普段なら隣で姿勢を正している相方を想像したのだった。
その相方と騎士団支部でのことから順番に連想をして繋げていく。
「ストちんの先生ってマグっちのことっしょ?」
「マグ先生が何処にいるか知ってるの?!」
自分の探し人に愛称をつけて呼ぶミレイにスーが反応する。自分につけられた愛称が聞こえないほどに驚いている様子で。
「知ってるも何も、マグっちがファレルファタルムちゃんのこと知ってるとか彼女の子供を預かったことがあるってゆってて、カナンちゃんが学校から隊長ンとこに連れてきたんだし。これもう完全にありじゃね? ぁーなるほどいちりゅーって、異議もナッシンなやつ」
聞いていないようで二人の話の内容をミレイの耳はしっかりと拾っていたらしい。要所で単語を聞き取りここまでの話題を纏めていくと、うんうんと得意気な表情で頷いた。
これまでの成り行きからならば相方無しでも出来る。と、スーの肩に触れながら二人に向かって経緯を話し始める。
森に現れてジンガ達と渡り合ったファレルファタルム。港街の守り神のような存在とおとぎ話に伝わる竜。ミレイも資料として見たのが初めてだったが、絵本に描かれた竜は穏やかな姿だった。
ジンガ達が討伐し損ね、森に近付く者を襲うようになった竜の様子は挿し絵とは違う様子で気性が荒く、何かに苦しんでいるかのような印象があり、外見にも変化があった。
その理由を調べ、被害者を含め街の人々にファレルファタルムの目撃情報等を聞いて巡った。
そのうちの一ヶ所、カナンは街の海沿いの隅にある魔法学校を訪れると、有識者と思わしき教師の一人・マグを連れ帰ってきた。
治癒団との連携を担当していたミレイが彼女達と合流した時にマグの名前は聞いた。
そうして彼が尋問をされにジンガ達のところに向かうまでは一緒だった。
そこからはカナンと分かれて治癒団の青年と街の見回りに来て今に至る。
「んでんで、隊長たちとやりあう前か後にファレルファタルムちゃんはシグマ先輩んとこに行ってたってコトね。先輩、その輝石竜はどんな様子だった?」
「どうというと……そう、ですね……人を探して歩き回ったとおっしゃっていて……」
「見たカンジの変なトコは?」
「疲れていらっしゃるようでしたのと、スタッフが言うには苦しみ出して竜に変わり飛び去る前に胸元に傷か、黒い光のような物を見た、と……」
「へ、変身して飛んでっちゃったの?」
ミレイの相槌より早くスーが驚いてシグマを見る。
ファレルファタルムがレストランの壁を壊して営業停止になってしまったことはまだ言っていなかったが、色々と聞きたいと言われた時から察していたのだろう。気まずそうに俯くスーにシグマは口をとじた。
「あっは! ラッキー! ミレイちゃんマァジで大出世ありよりのありぢゃん」
そうしてスーとシグマを引き寄せ二人の首の後ろへ腕を回して飛び付くと、
「二人ともゥチらと一緒来て。あとはみんなで森行けば万事解決っしょ! 隊長たちに連絡しよ!」
明るく笑いながら長い尻尾をふわりと揺らした。




