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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第2章.魔法学校の教師
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47 ミレイと治癒団

***



 昼下がりの港街は昨日と比べて随分と落ち着いていた。

 道を賑わせていた露店も今日は店を開けておらず、イーゼルを立てて首を傾げていた路傍の絵描きもいない。

 船着き場は普段通り交易をしているようだが、街の大半が静まり返っている。


 何かを自粛しているような雰囲気といえばよいのだろうか。街を表現する為の声や音が特別に少ないのだ。一体何があったというのだろう。


(一斉停電してるのか……? それとも断水……? ってわけではなさそうなんだけど……)


 色々考えながらブティックの暗いショーケースを過ぎ、目の前の女騎士の後ろを暫くついて歩く。




 カナンに案内された騎士団のファレル支部は、想像していたより幾倍も洒落た建物だった。

 それは日本の警察署を連想するような無機質なビルでは無く、どちらかといえば海外の官邸等を思わせるような施設。

 噴水が設置された広い庭の向こう側に横に長い洋館が見えていた。


 白く輝く綺麗な壁と柱が奥まで何本も続いている。

 結構な敷地面積な気がするが、これが騎士団のファレル支部だとして本部はどれだけの物になるのだろうか。

 

(本部は北にある長い掛け橋のずっと先。王都にあるらしいけど、まさか城一件分とかいうんじゃ……?)


 と、ビアフランカに昼間習ったばかりの知識を思い出しながら歩く。


 学校からどのくらい歩いてきたのだろう。ビアフランカに子供たちを任せて街まで来るのに数分。それからまた歩き続けて合計で一時間以上は経過しただろう。

 足を棒にした俺の体感が「まだ着かないのか」と俺に代わって文句を言いたそうにしている。

 騎士団に送迎車は無いのだろうか。自動車は無いにしても、馬車か何かがあるのがファンタジーにはお決まりのはずなんだがカナンはそんなもの呼んでくれなかった。


 仕方がない。噂の支部は視界の先にある。マグに借りた俺の足よ、もう少しの辛抱だ。


「教諭、こちらへどうぞ」


 腕を広げて俺でも五人分くらいはある……自家用車が擦れ違えるほど大きな鉄格子の門が開け放たれていた。

 側に行くと何やら人々が忙しく出入りをしていて、危うく肩がぶつかりそうになる。


「おおっと、っと……」


「ちょうど負傷者の受け入れとかぶってしまったようですね。教諭、お気をつけくださいませ」 


 白衣の人間達が担架を持って前を横切ると、強く縛った金髪を揺らしカナンは俺に振り返って言った。


「大半がファレルファタルムの被害者達です」


「被害者って……あの、カナンさん。ファリーが彼らに怪我をさせたということでしょうか?」


 真横を足早に通り過ぎ、洋館の方へと向かう医師の格好をした人は腕に小さな子供を抱えていた。

 丁度セージュとスーの間かそのくらいの年齢だろう。血の滲んだ包帯を巻いて腕の中でうずくまっているのが見えた。

 庭を通る際、俺はその子以外にも多くの子供たちが傷付けられているのを見ることになった。


「今朝、隊長達が森で魔物を討伐していたところ暴れるファレルファタルムを発見したそうです」


 背中を向けたままカナンが話し始める。

 俺と彼女の数メートルの間合いをまた一人、痛みに大泣きしている子供をあやしながら翼の生えた女性が通った。

 彼女は申し訳なさそうに俺に小さく頭を下げると、白衣を揺らして別の医師らしき人と合流し、二人がかりで子供の足の怪我を看始めた。

 門から離れた敷地の内側でも白衣の人々はひっきり無しに怪我人を連れて駆け回っている。


「奴は……いえ、貴方は彼女とおっしゃっていましたね。彼女は今は森に踏み入れた者を無差別に襲っているようで、負傷者は我々が対策をする前に被害を受けてしまった方達です」


 俺に顔半分で振り返りながらも、周囲の白衣の集団を気にしているカナン。

 俺を気遣ってファリーのことを言い直すと、


「我々がもっと早く対処をしていれば」


 赤く塗ったリップを擦って悔しそうに唇を噛んだ。


 俺とカナンが噴水の前を通りがかったとき、庭の内でも一際多くの白衣の男女がそこで働いていた。

 

「―――足らない薬剤の件は至急セファ医師長に連絡を!」


「誰か、飛べる者は手伝ってくれ!」


「只今! 8番の患者(クランケ)の処置次第、テーオバルトが参ります」


「先生、医師長から許可が下りました!」


「備品はコランバインに頼んで!」


「助かります! すぐに調剤を開始してください!」


「調剤に必要な道具をそろえて! ―――2分で戻って!」


 等々。会話の内容は様々だが、そこでは人と言葉の激しい往来が繰り広げられている。

 救急箱や診察札を配り、銀色のバケツを抱えて怪我人を搬送しいったり来たり。

 彼らの間で目まぐるしく会話の連鎖が起きており、耳にするだけでも圧倒されてしまいそうだ。


 これまで見ていた俺は彼らが名乗らなくても何者かすぐ判断できた。

 この羽根が生えた女性が多く所属している白衣の医療集団は街の医者などではない。

 教科書で見た挿絵と同じ、竜がぐるりと一回りした十字のマークが彼らの服に皆印されている。

 彼らこそが『十字蛇竜治癒団(リントヴルム)』だ。


「すごいな……これがこの世界の医師団か……」


「はぁー。やっぱ治癒団(リント)ちゃんたちパないっすわぁ」


 手際よく傷付いた子供たちの面倒をみて、各々の決められた役割を次々とこなしていく仕事ぶりに感心した。

 俺が感嘆を漏らすと、カナンのものではない声が俺の声に台詞をぶつけてきた。


「騒がしいけどマジすご。体力底なしだし的確だし激ヤバめのあれじゃんね?」

 

 いつの間に現れたのか。隣で医師達の働きを眺める女の子は、感心してうんうんと頷き俺に顔を向けた。

 露出が高く部隊の黒い隊服をかなり着崩してしまっている。白衣ではなく怪我人でもない彼女が此処にいるのは騎士団に所属する人間だからなのだろう。


 銀色の部隊証つけ緑色の布を腰に巻いたおかっぱ頭の少女が人懐こく笑う。

 健康的な褐色肌は海を利用して日焼けしたにしても色が少し濃い。まるで日焼けサロンに通っているみたいだ。


「やっほー。カナンちゃん、お帰りぃ。なになに? このトンボっぽい人が例のドラゴンの正体なわけ? なーんか拍子ぬっけっけだね~」


 砕けた、というよりも砕けきって弾けたような滅茶苦茶な言葉遣いで彼女はカナンに呼び掛ける。

 少し古い世代のギャルとでも言えばいいだろうか。今時使われない気だるい学生喋りを、この世界で何と表現したら良いのだろう。若者言葉にしても崩れすぎている。

 やたらと明るく、言葉が汚いのとはまた違う印象を与える不思議な口調だ。


「またトンボって……」


「副隊長が言ってたのと全然ちがくね? 弱そげ?」


 前下がりに丸いシルエットの銀髪をした少女は、頭の上に生えた猫の耳を動かして早口に言い、俺の顔をずいっと覗いてきた。


「そんなわけないでしょう、ミレイ。こちらの方は重要参考人のマグ氏。魔法学校の教諭です」


 カナンが彼女の態度を叱り、そのままの口調で俺を紹介した。


「あちゃー。それはどもども失礼しました」


 おかっぱ少女は頭を掻いて短く二度下げながら俺に謝る。髪が揺れると内側だけ緑に染髪しているのが見えた。


「まぢかぁ。あーしはミレイ・キャスパルでっす。てきよろでお願いしやっす」


 俺の返事を待たずにミレイが名乗ると、彼女の猫耳とはだけた胸が跳ねるようにぴこっと揺れた。

 彼女の猫耳でふと思い出したが、学校を出る際に玄関口で会うと思っていたコズエとディルバーは何処にいったのだろう。スーの話では、夜に備えて光る精霊を呼びに行ったと言っていたが見掛けなかった。


「てきよろ……?」


「あー。テキトーによろしく的な?」


 独特の喋り方と高いテンションについていけない俺は、急に自分の正体はもしかしたらマグよりももっと歳をとったおじさんなのではないかと思い始めた。

 ミレイとの会話が成立しないことに少し困った。


「あ、ああ。そういう意味か……」


「そそ。テキトーテキトー。……っていうか」


 制服の着こなしも褐色肌の肢体も自由気ままなスタイルのミレイに聞き返すと、彼女はにやにやと笑いながら俺に興味を示してきた。

 ついさっき謝罪したことなどノリが軽い彼女の頭の中からはもうすっぽ抜けてしまったようだ。


「マグっちと先生ちゃんどっちがよさげ?」


「ええと……」


 不意に彼女の問いに戸惑う。ミレイは俺に腕を絡め、長い尻尾をしゅるりと背中に沿わせた。初対面とは思えないほど距離が近い。

 スーに引っ付かれていた時には存在しなかった柔らかい脂肪の感触がすぐそこにある。谷間がはっきりとした彼女の乳が俺の脇に触れている。恐らくこれはわざとあてている。


「よーびーかーたー! ね、どっち? どっちする?」


「ミレイ。よしなさい。客人に失礼です」


 彼女からの謎の色仕掛けはカナンの声にストップを言い渡され、ミレイは俺の胸のそばに預けていた顔を離した。

 顔は離すが腕も尻尾もくっつけたまま、彼女は前を行くカナンに不満げに口を突き出す。


「もう。わーかってる、わーかってるって」


「理解していないからそういうことをするんでしょう。隊長たちが許しても貴女には騎士としての体裁というものが……」


「はいはーい。カナンちゃんあーしと違って仕事出来てめっちゃ真面目だからねー」


 生真面目な姿勢を崩さず前を歩くカナンと自分の感情に正直者のミレイ。

 彼女たち二人の会話を聞いていると、昨日から今朝にかけての俺に対する態度が真逆だったスーとアプスの言い争っている姿が思い出される。


 ビアフランカ以外には何も言わずに来てしまったが、二人は今頃どうしているのだろう。

 出来る限り早く学校に帰りたいが、この様子から察するに話をしたらすぐに騎士団とはさようならというわけにいかなそうだ。






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