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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第2章.魔法学校の教師
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45 カナン

 

 玄関は石造りの段差がある出入口になっていて、こちらから見ても随分広く、履き物は履いたままなので下駄箱は存在しない。

靴の汚れが付かないように廊下から何処までも屋内の歩く場所には全て綺麗なカーペットや絨毯が敷いてある。


「マグ先生、あちらにお待ちいただいています彼女です」


 ビアフランカと共に玄関ホールへやってくると、黒い隊服に身を包んだ人物が俺たちを待っていた。


「ご協力感謝します、教諭」


 隊服自体は昨晩見たものと同じで見覚えがあったが、それを着ていたのは知らない人物だった。


「こんにちは」


「初めまして。お忙しい所失礼致します」


 玄関で姿勢を正して俺を出迎えたのは、結い上げた長い金髪を肩から前に垂らした若い女性騎士。

 近くで見ると緑の大きな瞳と赤い口紅が印象的だ。引き締まった体の右肩側にだけ鋼の鎧をつけ、銀色の部隊章をはめた下から濃桃色の布が伸びている。


 毅然とした態度が男性にひけをとらないといったいかにも気の強そうなタイプだが、街で助けて貰った銀蜂隊の面々を思い出して納得した。この部隊はすごく個性的だ。


王国騎士団(バテンカイトス)銀蜂隊(アンバーマーク)所属の騎士、カナン・ベルベットと申します」


 女騎士は名乗り俺に会釈をする。

 俺も合わせて軽く頭を下げた。


「早速ですが貴方はこの竜に見覚えはありませんか?」


 そうしてすぐ、カナンは脇に抱えて持っていた二つ折りになったメッセージボードのような物を俺に開いて見せた。

 両腕に乗るほどの大きさで、赤いカバーがついたその中には二枚のイラストが挟まれている。


 一枚は絵本の挿絵のように柔らかな水彩で描かれたもので、もう一枚は線の強弱がはっきりとした白黒の鉛筆画。

 どちらも同じドラゴンを描いた物だった。

 タッチの違いのせいなのか前者は優しげに見えるが、後者は恐ろしく狂暴そうに見える。

 

 その二枚の絵に描かれた竜に俺の目は釘付けになり、そしてあることに気付き絶句してしまった。


「え……これってまさか……?」


 カナンが俺に見せた絵は、今朝の夢の中に出てきた登場人物の一人。

 マグを愛していた優しい女性の声で話す竜。死んでしまったスーの母親……ファリーにそっくりだったのだ。


「この竜の名はファレルファタルム。ファレルの港街の古き守神というおとぎ話の中に出てくる輝石竜(ミルウォーツ)です」


 水彩で描かれた方をよく見ると、ファリーの母性を感じるガラスのような目と目が合った。真っ白な大きな体は逞しいが、彼女の性格を知っている俺には美しくしなやかに見える。

 もう一枚の鉛筆画の方に描かれている禍々しい雰囲気の竜も、外面的な特徴は同じファリーのものだが、こちらは表情が悪意に満ちていた。


 腹から真っ黒で刺々しい水晶が生えているが、夢の中の彼女にそんなものはなかった。何故こんなに不気味に描かれているのだろうか。


 だがしかし、間違いなく二枚の絵はファリーを描いている。

 カナンが言ったファレルファタルムという名前も愛称の響きからファリーと略せるし、夢の中でとはいえその竜の最期を傍で看取った俺が見間違えるはずなんてない。


「これ、彼女じゃないか……」


「彼女?」


 俺から間の抜けた溜息が出ると、カナンはキツくに描いた薄茶の眉をぴくりと動かして反応した。


「貴方にはこの絵の竜が雌だとわかるのですか?」


 二枚の絵を見つめる俺に不思議そうな視線を当てて彼女が問う。

 一般的な感覚でいえば彼女のその反応は正しいと思う。この絵だけでは雄雌の判別など不可能だ。

 まして、この世界のドラゴンは番が出来るまで雌雄を決めないという変な生態まであるわけだし。ファリーのことを知らなければ見分けなどつくはずがない。


「ビアフランカ先生、ここに描かれているのってファリーですよね? スーの母親の……」


 絵を指さしてビアフランカに振り返ったが、彼女は黙ったまま頷くこともしなかった。

 何か考え事をしているのか、二枚の絵ではなく俺とカナンを見て比べるように頭を動かしている。


(あれ? スーに聞いた話だとマグはスーを拾って学校で育てたことになってるんだけど、ビアフランカはスーが何処から拾われてきたのか、もしかして知らないのか……?)


 そう思っていると、ビアフランカよりも早くカナンのほうが俺の話に食い付きを見せた。


「教諭、失礼ですが貴方はこの竜のことをよくご存知のようですね。ファレルファタルムと貴方のご関係はどういったものなのでしょうか?」


 彼女は少し早口になり、捲し立てるように聞いた。気の強そうな性格の片鱗が僅かに出てくる。

 提示していたボードを畳み脇に持ち直す際、腰に提げた剣に腕が当たってカチャリと音を立てた。


「その竜が……いや、彼女が亡くなる時、彼女の子供のストランジェットを連れ帰ったのは俺です。ファリーのことも助けようとしたんですが、間に合わなくて……」


「教諭、そのファレルファタルムの子、ストランジェットという子竜は今どちらにいるのですか?」


 夢の中での出来事を思い出しながら手振りをつけて説明すると、カナンは間髪を容れずに話題に切り込んだ。

 ようやく、朝から気になっていたマグの夢の中の話を共有出来る相手が現れたことで、俺は少し興奮していた。


 後ろを振り返り、今もまだセージュたちと自習に励んでいるだろうスーのことを話そうとしたのだが、


「ストランジェットなら……」


「ストランジェットならば死んでしまいました」


 突然今まで黙っていたビアフランカが俺の言葉を遮って首を振った。


(えっ? ビアフランカ先生……? なんでそんな嘘を……?)


 スーが死んでしまった。と、悲しそうな顔をして芝居をうつ彼女に困惑したが、次第に俺も冷静になる。

 興奮して忘れかけていたが、カナン達騎士団側の話を俺たちはまだ全然聞いていない。


 調子に乗ってスーを紹介しようとしてしまったが、カナンは「この絵の竜を知っているか?」と聞いてきただけ。


 今、スーを彼女に会わせたらどうなるか解らないのに安易な気持ちですぐにスーを紹介するというのは危険なことだった。

 ビアフランカは俺の迂闊な発言を制止してくれたのだ。

 彼女の糸目が小さく開いてアイコンタクトが送られる頃には、俺の頭もすっかり冷えて、冷静さを取り戻していた。


「そうなんです。連れ帰ったんですが、ストランジェットは酷く衰弱してしまっていて……そのまま……」


「それはお気の毒でしたね。失礼なことをお聞きしてしまい申し訳ありません」


 ビアフランカの言葉と表情に合わせ、俺も泣きそうな顔で一芝居うつ。

 ビアフランカが機転をきかせてくれたお陰で何とか誤魔化せたようだ。

 カナンは俺たちに謝罪の言葉を述べ、それ以上はスーのことを聞いてこなかった。


 ただし彼女の立ち直りは早く、


「ですが、教諭。貴方には参考人として支部までご同行をお願いしたい。隊長達の前で、我々に貴方が知る限りのファレルファタルムの情報をお話しては頂けないでしょうか?」


 すぐにまた截然とした態度に戻り、自分から話を進めようとしてきた。


「俺にですか……?」


「はい。迅速な事件解決の為、教諭のご助力を頂きたいのです」


 ここで初めて、事件という単語が彼女の口から出た。

 王国騎士はこの世界の警察官のような存在で、また口振りと態度もそれに相応している。

 カナンが俺に求めているのは、所謂「署までご同行願えますか」と同じ響き。


 ただし、マグ自体は直接事件と関わっていないかもしれないので俺が逮捕されるかどうかはまだ解らない。

 事件性のある事柄にスーを巻き込まずにいられたのも、ビアフランカの咄嗟の助け船のお陰だ。さっきはそれに乗れてよかった。と、思いながらビアフランカを見ると、


「マグ先生……生徒達のことでしたら私が見ておきます。心配いりませんよ」


 普段の調子でそう言ってにこりと微笑んだ。

 彼女が笑顔で送り出してくれるのならば、急にお縄に掛かってしまうようなことはないのだろう。そうでなければここでまた、ビアフランカが止めてくれたはずだ。

 柔和な表情が、大丈夫だと俺に教えてくれていた。


「話しをするだけでいいんですよね? 俺でお役に立てることがあるなら行きますよ」


 返事を待っているカナンに俺は気さくに答えた。彼女は糸で吊られているように見えるほど背筋を真っ直ぐピンと伸ばして、深く腰を折った。


「ありがとうございます」


 彼女の迫のある大きな一礼は、路地裏を抜けた先で出会った銀蜂隊の副隊長の優雅なお辞儀を彷彿とさせた。

 それは、彼女もあの実力の知れない副隊長の部下の一人であることを思い出させる。


 そして、彼女にこれから連行される先では彼女や副隊長の更に上官にあたる人物と対面することになるのだ。

 一体、銀蜂隊(アンバーマーク)の隊長とはどんな人間なのだろう……。


 そんなことを考えながらいれば後方で何かが落ちる音がして、足元を見る。


(あれ……? なんだこの鉛筆、どこから……)


 転がってきたのは手のひらに収まるほどの長さの鉛筆。

 生徒の誰かの落とし物だろうか。

 拾い上げて見てみると、削ってあるほうの反対側にとても小さな凹みが規則的に付けられている。

 ネズミか何かに齧られた跡にしてもそれよりずっと小さな小さな傷を気にしながら、俺はそれを胸ポケットにしまった。








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