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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第2章.魔法学校の教師
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41 ≪空想≫と≪治癒≫



「……!」


 脳を撃ち抜かれる衝撃。

 体に走る、痺れるような痛み。

 音もなく向けられた銃口。


 躱すすべもなく撃ち抜かれ、脳天を二つに割かれる……わけではないのに。体が硬直してしまった。


「あらあら。マグ先生、私は≪空想≫の使い手ではありませんので何も起きませんよ」


 絶句して動けない俺の反応は、ビアフランカにとっても予想外だったようだ。

 彼女は反省しながら俺の額を撫でた。

 拳銃の形を作っていた時は確かに冷たく、銃身がおでこに触れているように思えたのだが、今の彼女の手は優しく温かい女性の手でしかない。


「も、もう大丈夫です。ビアフランカ先生……」


 彼女に顔から手を離すように促せば、


「恐ろしいでしょう? 道具や呪文の前準備もなくただ強く念じるだけで人を殺めてしまえるんです」


 言いながら触れていた温もりは離れていった。

 俺を慰めるように動いていたビアフランカは、再び教卓に立つ教師の態度に直る。


「でも、安心してくださいな。≪空想≫を先天的に持った子は、その力を悪用しないように専用の施設で教育を施されるのです」


 とんとん。と、今度は教科書のすみを叩いて次のページをめくった。

 彼女が開いて見せた項目にはまた新しい挿絵が現れる。

 簡単に図式化された人間のイラストが三人。脳に三人それぞれの名前らしきものが書かれていて、各自の脳の部分から矢印を別々のイラストへと伸ばしている。


「発覚しだい、早ければ生まれた瞬間からずっと。その後、一定期間内に国で定めた基準を満たせれば彼らも安全に一般人と同じ生活が出来るようになります」


 脳のイラストから伸びる矢印の先の一つは街のイラスト。浜辺から上がって見渡したファレルの街の様子に似た、絵ハガキのような景色だ。

 三人のうち一番上の人間は街へ戻って暮らせた。という絵なのだろう。ビアフランカの話を聞いて相づちを打つ。


「その基準っていうものがもしも期間内に満たせなかった場合は?」


 そのまま順番に見ていけば、二番目の人間の脳は街ではなく、ドーム状の建物のようなイラストと矢印で繋がっている。


「私も詳しくはないので聞いた話になりますが、“機械都市のほうで適切な役目を与えられる”ということです」


 会話の中に何度か出てきている「機械都市」という言葉。

 羽根ペンを握り、魔法でお茶が沸くファンタジーなこの世界に不釣り合いな響きのそれは、午前の授業でビアフランカから聞いた話によると、王都の真裏側にあるのだという。


 銀色の厚く高い壁に覆われた島。機械都市。

 草木の茂る森をぬけて海を渡った先。空間を割くように聳えている独立的都市。

 国王との交流はあるらしいが、謎の多い場所で、どうやって中に入るのかも、中から出てくる者がどんな姿をしているのかも一般人には本来まったく見当がつかないそうだ。


 魔王討伐の際には、魔力を増強させるための術式を記録した銀色の装置や、鉛の玉を発射する口径を持つ砲台、切り取られてしまった腕を補う鉄の棒を繋ぎ合わせた物などを提供してくれていたらしい。

 製作者や製作の行程は一切不明。


 高度な金を練る術を扱っているのか、鉄材を巧みに操る魔法を独自で研究しているのか。いずれにせよ門外不出な技術を持つらしい。

 彼女が手でピストルを作る動作をしたのも、機械都市から武器として流通された拳銃を見たことがあって、どう使うものかを理解していたからだろう。


 銀色のドームのイラストは、その機械都市を意味していた。

 何が行われているのか外から見られる場所ではないので、それ以上のことはビアフランカにもわからない。

 行く機会がないうちは、俺もまだ考えなくてよさそうだ。


 最後に三人目の脳から伸びた矢印をなぞる。

 その先にあったのは、大きな×印で。


「……あの、ビアフランカ先生、もし機械都市にも行けなかった子は……」


「うふふ。マグ先生、私たちの教え子はみな≪記録≫の魔法使いを目指す者です。気にされなくても大丈夫ですよ」


 遮るように彼女が笑う。今まで見たビアフランカの笑顔のうち最大級に冷ややかな笑顔。

 彼女の表情というナイフが刺されれば、それ以上を問うことは続けられず、俺も良くない方面にしかいかない想像を絶やすことになる。

 正直、今見たビアフランカの笑顔は手で真似したピストルの何倍も怖かった。


「……さて、最後に≪治癒≫の魔法ですが」


 次のページを開いて手を止める。

 今度は優しく母性の籠ったような声で、


「これは文字通り傷を癒したり病気を治すいわゆる癒しの術と呼ばれる魔法の形になります」


 ビアフランカが指した≪治癒≫の項目には、怪我をした少女を抱えた聖女が描かれており、小さな天使が飛んでいる。もう一人向かいにも薬箱を持つ聖女がおり、そばにいる天使と同じ大きな翼がその人には生えていた。


「≪治癒≫はかなり専門的な魔法ですので、≪記録≫や≪空想≫とはまた違う特別な力が必要になります」


「≪治癒≫以外の魔法では怪我を治すことはできないんですか?」


「ええ。できません」


 はっきりと断言したビアフランカに、俺は夢の中の出来事を思い出す。

 スーを生かすために自分の肉を与え、腹に穴を空けたファリーと、それを助けられなかったマグ。

 俺は懸命にマグに向かって怒鳴ったし、懇願したけれど、彼がファリーの傷を塞いでくれることはなかった。


 その理由がビアフランカの話で判明した。

 ≪記録≫の魔法使いとしては実力者だったマグも別の形態で習得する≪治癒≫は専門外だったというわけで、マグにファリーを治すことは出来なかったというわけだ。


「≪治癒≫は十字蛇竜治癒団(リントヴルム)の長が直接自分の血を分けた者だけが扱える魔法です」


「その、長の血縁者だけが傷を癒す魔法を使うんですか?」


「……そう、ですね。端的に言えば」


 少し不思議な間があったがビアフランカは頷いて続ける。


「長のキュリオフェルさんにお会いしに行ったことがありますが、大変お優しい老師で、教科書へ載せたいとお願いしたら快諾してくださいました」


 聖女や天使達のイラストが先に目についていたので気付くのが遅くなったが、ビアフランカに言われて教科書に目を落とせば、右下の方に淑やかそうな横顔が描かれていたのを知る。

 フードを深く被っているため表情は緩い口元くらいしかきちんとは見えない。

 こういうとき、辺境で活躍した医師や思想家だと言われると皺にまみれた老婆が描かれているものだと勝手に想像したが、長と呼ぶにはまだまだ若い雰囲気の女性だ。


 キュリオフェル・H・リントヴルム。

 年齢などは書かれておらず、名前と横顔の肖像のみ。

 背景には十字架の周りを長い体でくるりと円形に囲むドラゴンが描かれている。十字蛇竜治癒団(リントヴルム)のシンボルなのだろう。字で表した通りのマークだ。


「……というか、この教科書ってビアフランカ先生が著者だったんですか」


 この世界に存在する三つの魔法の話を終えたところで、一度目次の前まで戻る。

 ビアフランカはにっこり笑って頷いた。


「ええ。私が書いています」


 新しく沸かしたお茶をもう一杯。

 頭がスーッと冴えるようなミントの香りのものを淹れてくれた。

 彼女に薦められるまま、今日だけで数杯目の紅茶を飲み干している。

 カップを置くと自然と空気が和らぎ、俺は無意識に両手を上げて伸びをしていた。


「そろそろ生徒達のところへ行きましょうか。皆、自習にも飽きている頃でしょうし」


 俺の様子を見て笑うと、ビアフランカはテーブルの上を整えながらそう言った。







 

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