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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第2章.魔法学校の教師
27/140

26 ギースハワード

1話に続けて閲覧ありがとうございます!

今回から三人称視点でのお話を挟んだり、1ページあたりの文字数が少し増えます。

主人公以外のキャラの掘り下げも始まっていきますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。

では、下記から本編へどうぞ。


第2話

魔法学校の教師






 港街の中枢。時計塔の真下に位置するそこには、大橋の向こうの王都に使える騎士たちの窓口があった。

 その奥に控える大講堂は、時として荘厳な礼典の場所になり、今もまた、時の会議場として彼らを集約する場所になっていた。


「はぁ、困ったな……また銀蜂(アンバーマーク)にどやされてしまう……」


 頭を抱え広い講堂の一辺をいったり来たり繰り返す、鎧を纏った気弱そうな青年────ロック・ギースハワードは深い溜め息をついた。

 鷹を象った金のマークを胸元と肩の二ヶ所に付ける姿は、部隊を預かる大人物の証。

 その中でも、国内最大級の騎士が所属する大部隊、金鷹(ギースハワード)隊の最高位に立つべき人こそ、この迫力ある名前とは裏腹に頼りなさそうな青年なのだった。

 

 彼は先ほどから落ち着かない様子で自分の席をちらちらと見ながら、講堂に人が集まる度に怯えを隠して歩き回っていた。

 それというのも全ては、数分前、自分の部隊の者からもたらされた最悪の報告のせい。


「なんでまた、そんなこと……ああもう、勝手なことをするからだ……」


 王国騎士団(バテンカイトス)の、すなわち騎士らの社会の軸位と呼ばれる連名会議に、今後の活動体型と各地の復興を進めるべく方針を固めた書類を用意し、周到な態度で皆をファレルの港街に呼び出した彼はいち早く会場入りして待機していた。


 優秀な部下に代筆させた完璧な資料を傍らに、今日の主謀として騎士たちの一目を欲しいままにし昇進する大切な計画のため、誰よりも努力を重ねてきた事実を発表するのだ。

 

 そう理想を浮かべて待っていたところに、悪い話が突っ込んできた。


「また、なにも今日でなければよかったものを……いや、何を言われても私は銀蜂どもには臆さんぞ……奴らの好きになどさせるものか……」


 金鷹(ギースハワード)への関心を仰ぐため、国王の信頼を得るためにと、稀少な竜の子を奪おうと顔もろくに覚えていない部下が動き、勝手な行動をした末、銀蜂(アンバーマーク)から直接注意をうけたというものだった。


 声がけの程度ならともかく、奴ら蜂どもの注意は注意というには逸しすぎている。言葉で解決するより早く手が出る凶暴さは野獣のようで、どうしてまた自分の部下はそんな文字通り雀蜂の巣に手を突っ込むような真似をしたのか。


 顔形が壊れた部下の回収は、別の部下に知らせたが、剥ぎ取られた金鷹のメダルは宣戦布告のごとく、ギースハワードの席の正面に投げ捨てられていた。


「おい、クソ(ギース)。ぶつくさ言ってねぇでとっとと座れ。話を始めろ。立ってんのテメェだけだぞ」


 聞き覚えのある低い声が鼓膜を突き刺す。

 言葉の一つ一つに針をぶちこんでくるような尖った暴言の代名詞は、薄汚れた泥靴を円卓の上に投げ出してギースハワードを呼んだ。

 今一番顔の見たくない相手。全ての焦りの元凶が彼に命令をすると、


「隊長。もう少し冷静にお話しをしなくては。ここは立ったままハムとビールを楽しむ場所ではありませんし」


 奴とは対照的な清廉な身なりの男、銀蜂の副隊長、イレクトリアが姿勢を正した。

 こうして部隊の代表として奴らと顔を付き合わせることも幾度も繰り返してきたギースハワードだが、この正反対な風格を取り扱う二人の男のどちらも彼はすこぶる苦手であった。


 口を開けば悪態をつき、延々と頭の上からギースハワードを責める銀蜂の隊長、ジンガ・アンバーマーク。

 彼を嗜めるように立ち回りこそするものの、副隊長という地位に従い、本質的にはジンガを補佐してこちらの不利を引き出し吐かせようとしてくるイレクトリア。


 凸凹の関係に見えて、しっかりとはまる。両方を一度に相手しなくてはならないときの絶望感はギースハワードの名前を鷹から蟻の一匹に変えるほど強大だ。

 ギースハワードは二匹の忌々しい雀蜂どもにめった刺され、体に穴を空けられたような気分で渋々自分の卓に座った。


「えー……」


 しどろもどろになりかける言葉を、喉の奥で震わせる。

 大丈夫だ。手元には完璧な資料もある。

 机の上の折り曲げられた部隊証を見ないようにして鎧で覆った背中の筋を張り、ギースハワードも銀蜂隊の二人に負けじと声を出して主張していかなければと会議に立ち向かった。


「この度、お集まり頂きましたのは……」


 彼は話しはじめてもジンガのことが視界に入り、どうにも気になって仕方がない。奴は汚い脚をいつまで大理石の机に乗せているつもりなのか。

 この場所は既に厳かな会議場として開場し、周囲には他の部隊の面々も自分の顔を見ているのに、奴だけが私を見ずに逆に私が奴を見ていなくてはならなくなっている。


 そんな薄汚れた中年の不真面目な態度に焦らされては、蜂どもの思うがままだということは解っているが、一同への面目もある。ギースハワードは覚悟して、


「コホン。その前に、アンバーマーク隊長。姿勢を直しては頂けませんかな?」


 冷静な顔をし咳払いを一つ投げ掛けた。

 それがこのヤンチャな男を燃え上がらせる火種になるとも知らずに。


「会議の前に一ついいか。ギース。テメェはファレルの港街が俺らの管轄(ナワバリ)だって解ってんだよな? ……だったら、そいつは何だ?」


 ジンガは待ってましたとばかりに脚を蹴飛ばすような動きで逆に組み直し、ギースハワードが見ないようにして資料で覆い隠した部下の失態を指し示した。

 途端に同席していた数人の騎士達が、数名を除いてざわつき出す。


「どういうことだ?」


「巡回中、私利私欲で住民に危害を加えている金鷹(ギースハワード)隊の方と遭遇致しましてね。そこにある部隊証はその方の物です」


 誰かの問いに黙ったままのギースハワード。

 ジンガ隊長のサインを受け取ったイレクトリアが続けて言葉を重ねる。


「その部隊証の持ち主である隊員の適切な処分と……ギースハワード隊長、お話の前に貴方の言葉を頂戴したく思います」


 言葉は丁寧だが抜かりなく苛烈な彼の台詞に、顔面蒼白になり全て手放してしまいたくなる思いを堪えて、金の鷹は絞り鳴く。


「その件については、私は……」


 屈辱を晒される金鷹の隊長を側で支える者は、その事態の回収に走らせておりここにいない。

 噛み潰した苦虫から毒が染みだしたような顔で手にした資料を取り落とすギースハワードに、ジンガはにやりと笑った。




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