139 資質と気遣い
「それで、あんたは何で店に火を点けようなんて思ったんだ?」
「何で、だと? 兄貴の仇討ちだ! 銀蜂隊は俺の兄貴を奪った!」
捕まえた犯人に理由を問おうとした瞬間、彼は怒りを露わに声を荒げた。
両手を縛られ自棄になったのか。こそこそしていた先ほどまでの態度を一変。大声で自身の不満を通行人に伝播するように「銀蜂隊のせいだ! 銀蜂隊が悪い! 国の犬め! 俺のせいじゃない!」と繰り返し叫ぶ。
(おいおい。ジンガの前でこの態度⋯⋯怖いもの知らずというか考え無しというか、なんというか⋯⋯)
眉間にシワを寄せ、無い腕を組んで放火魔を見下ろしているジンガを振り向いて見る。
「ナニがアダ討ちだ? くだんねーことシてんじゃねェぞ。クソガキ!」
そらみろ案の定だ。わめく声より大きい、厳しい怒号が飛んだ。相変わらず恐ろしいほど良く響く低音だ。ここは二人から少し離れて見守っておこうと思う。
「放火しといてなにぬかしてんだ? あァ? アホがこの店に火点けるなんざ、テメェがどうなるかわかってんだろうな? テメーの汚いケツ毛に火点けて穴も棒も一生使え無くしてやろうか?」
「兄貴がお前ら騎士なんかに捕まらなけりゃ今頃……! 俺たちの生活をめちゃくちゃにしたくせにふざけんな!」
辞めておけばいいものを、放火犯の男はジンガに負けまいと言い返した。俺もいいかげん頭痛が起きそうだ。もう少し距離をとっておこう。
彼の身なりをよく見ると、服はところどころ破れており髪もベタベタ。底の外れた靴は到底機能しているとは思えない。かなり困窮しているのがわかった。
だが、汚れて面影が薄れているとはいえ質の良さそうな生地や革が衣服に使われているあたり、儲かっていた裏稼業が終息したあとの姿を連想する。
どうやら兄貴と呼ぶ人物も、血の繋がった兄弟という関係ではなさそうだ。
忘れかけていたがジンガたち王国騎士はこの世界における警察官のような役割をしている。
誰彼構わず一般市民を逮捕することはないし、されたとしても俺のときのようにまずは尋問や観察が挟まるはずなので、その兄貴なる人物はそれでも潔白を証明できなかった正真正銘の悪人。ということになる。
だから仕返しや腹いせに、犯行に及んだ部下⋯⋯といったところが放火魔の正体なのだろう。
騎士相手にそれをするにはかなり悪手だと思うが、そこまで頭が回らなかったのだろうか。だとすれば事業解体までの経緯も容易に想像できてしまった。
「言いたいことがあんならまとめて表から通して来い。度胸もねぇのにうるせェんだよ。とっとと帰ってマスかいて寝ろクズ」
「つ、捕まえないのか……?」
「こいつのせいで未遂ンなったからな」
「え? 俺のせい?」
男が復讐の火を焚き上げ騎士が集まる酒場の裏に点すに至るまでのいきさつを妄想していると、急にジンガが俺を指した。不意のことにワンテンポ遅れて事態を理解する。
男の主張は言いたいことを全て吐き出してひと段落したらしく、逮捕の前の罪状確認。そこまで来て、俺が寸前で放火を止めたことで男が放火犯にならなかったことを放免の理由としていた。
散々脅かすような物言いだったジンガがまさか見逃すと思っていなかったのは俺も男も同じだったようで、二人揃って唖然。
「消えろっつったらさっさと行け。俺の気が変わらねーうちに消えろ」
羽虫を払うような動作で顔と手を振って面倒そうに言い、ジンガが男の手枷を外す。
解放された男は一度俺を振り向いて一瞥し、言いたいことをぶちまけたことで憑き物が落ちたのか、それ以上はどうでもいいというような気の抜けた顔で去っていった。
「本当に捕まえなくてよかったのか?」
「テメェが放火を未遂にしたんだろ先公。いちいちうるせえな。騎士なんざろくでもねぇ奴の集まりだっつっただろうが」
ははあ、なるほどな。彼が照れていることに心の中で笑ってしまった。どうやらジンガは俺に気遣っているようだ。
未遂であっても何らかの理由を作って捕まえ尋問すると思っていたが、もともと精神的に追い詰める尋問などは反応を見て楽しむ気質のあるイレクトリアが進んで行う仕事だったらしいし、「ろくでもない」はそれに掛けた言葉なのだろう。
ジンガとしては、俺がいるときくらい「余計な仕事で宴会の気分を盛り下げることはしたくない」といったところか。
俺のせいで犯罪予備軍を逃がしたということにしている辺り素直ではないが、彼の性分に惹かれる隊員の気持ちが少しわかった気がする。




