137 美味しいご飯
西洋ファンタジーの酒場らしい小洒落た店内ではあるが出てくる料理の内容はありふれた居酒屋か、その中でもいくつかオリジナリティを展開している創作料理屋か。
ある意味、和洋中以外にも頼めばなんでも出てくる夢のような店になっているのは、カウンターの中で腕組み板前コンビをしているマスターとシグマのおかげなのだろう。
衣を付けた揚げた小魚も卵まで美味しく調理されているし、冷えたイカの生の切り身も安心して食べられるほど新鮮なのは何気にすごいことなのでは。
焼き物にしても冷蔵にしても不便なく、好きなときに好きなものが食せる生活環境が街の店舗に浸透しているなんて。
つくづく不思議な世界観だけれども、そのお陰で美味しい食事にありつけているのだから深く考えることはやめておこう。
幸運なことなのだからここは疑問を持つよりも素直に受け入れておくことにする。
極めつけには酒の終わりの定番メニュー、焼きおにぎりやお茶漬けまで俺は堪能してしまった。
魔法学校では何故かパンやオートミールがメインだったために、この世界には存在しないと思い込んでいた白米がたらふく食える幸せを改めて噛み締める。
(お米万歳。日本人ならやっぱり白飯だよなあ……)
粒が立っていて水加減も丁度良くて最高だ。
魔法学校に持ち帰って常食にしておきたい。と、思う俺の側ではミレイとフィーブルがにこにこしながらこちらを見ている。
「……何か付いてる?」
「いいえ。先生さんがあんまり美味しそうに召し上がるので見ていて嬉しくなっちゃいまして」
「ねっ。マグちん、メチャクチャかぁゎいーぢゃん。あーし、ご飯んまそに食べる男子がタイプなんだょね~」
「わかりますわかります。私もです~」
耳をぱたぱたと動かすフィーブルと頬杖をついて俺をうっとり眺めるミレイ。
ただ久しぶりの白米にアホみたいに浮かれているだけなのに、二人からやたらと好感触を持たれてしまったらしい。
そんなにも幸せそうな顔をしてしまっていたのかと思うと段々恥ずかしくなってくる。
「あっ、いやこれは……」
「いいんですよぅ。私たち騎士は国民の笑顔がなによりのご褒美なんです。今までたくさん辛い思いもさせちゃいましたし、先生さんの優しいお顔が見られて本当によかったです」
確かにそうなのだが、解っているのだがこそばゆい。
みなまで言われると尚更に俺の羞恥心容量が貯まってしまう。
フィーブルの方が俺の台詞に歓喜して泣いてしまうだなんて一時でも想像した自分をつい省みてしまう。
心からの喜びを述べる彼女の微笑みは泣き顔よりもずっと素敵で、まるで愛しくて止まないものを見るような暖かな空気を携えていた。
「……そろそろジンガ達のところに戻って挨拶してこようかな。あまり遅くなるとスーたちも心配するだろうし、明日も朝から仕事があってさ」
羞恥心ゲージが満杯で赤く点滅する前に、フィーブルとミレイから向けられる視線を遮るようにして俺は口を開いた。
「ぇー。もぅ行っちゃぅの? まだ全然飲み足りんくなぃ?」
「名残惜しいけど行かなきゃ」
視線を上げて振り返るのだが、
「って、あれ? ジンガ達は……?」
カウンターでまだ飲んでいると思っていた男二人が姿を消していた。
見渡してみるがジンガもイレクトリアも店の中には居ない。
「あー。外に煙草吸いにいったんぢゃないかな? ゥチ、煙ゃぁがる子多ぃから隊長なりに気遣ってんだょねぇ」
少し意外だ。ジンガならば平気で隊員にスモークハラスメントをかましているとばかり思っていた。
「ぉょ。隊長ってば大事なモン忘れてんぢゃん」
カウンター席にぴょこんと乗り出し、置き忘れられていたオイルライターを手に取るミレイ。
超小型の鉄箱に見立てたそれは内部に炎を起こす記憶魔法を彫り付けてあるもので、蓋を開けることで自動着火する。
魔法学校にも同じような仕組みで発火するコンロがあったし、俺らに提供されていた料理をつくる調理場でも同様の物が設置されているだろう。
「ついでに渡してくるよ」
「ん。ょろしくちゃんっ」
ミレイからライターを受け取って、俺も一旦外の空気を吸いに出る。




