136 ぁまぃヒトトキ
俺とフィーブルの会話を聞いていたらしい、黒い三角耳の少女がこちらへ駆けてくる。
去った二人組と交替で、
「ちーす! マグっち、たいちょたちとはもーぃーの? したらあーしと喋クル? まだまだ飲むっしょ? ほらさぁ、フィーたやも立ってなぃで」
ぽすんっ。と音をさせて勢いよく俺の横に座るミレイ。
尻尾をピンと立てながら人懐こい動作ですり寄る様子は、調子が良いときの猫そのものだ。
彼女からは二度目になる「胸、わざと当ててんのよ」を受けながら俺は苦笑いになる。
「ミレイさん、それじゃあ振り出しに戻っちゃうじゃないですかぁ~」
「ぉょ? ナンのはなし?」
折角二人組に退席頂いたところなのに、彼女らよりも更にスキンシップの激しい人物の登場でフィーブルはがっくりと肩を落とした。
初対面の時からわざと当てていると言っているわりに意外とミレイは天然なのかもしれない。
きょとんとした顔になるあたり、俺らのさっきまでのやり取りには気付いていないようだった。
「マグちょす何飲む?」
「じゃあ何か甘い飲み物を。俺も……ミレイが飲んでるのと同じのを貰おうかな」
「さっき隊長にャバそなの飲まされて噎せちゃってたモンねぇ~。ぉなしのだとド甘だケドいーの? あーし未成年だからコレお酒ぢゃにゃいょ?」
「えっ、見てたの?」
「もち。ちょーゥケた」
甘い飲み物のリクエスト理由についてはしっかり見ていたのか。
俺は一時間前のあの酒の味を思い出して思わずえずきそうになった。
ミレイは楽しそうに笑みを浮かべながら俺の手を握って引っ張り手を挙げさせる。
ムードメイカーの彼女らしくこういう場面や雰囲気には相当慣れているような動作で。
さながら教室の隅で馴染めず迷っている子を仲間に引き入れるのが得意なギャルといったところだろうか。
彼女の振る舞いにはそんな行動力を感じさせられる。
戦いの後にわざわざ塗り直してから来たのだろう。
お洒落を惜しまない彼女らしく指には緑と黄の蛍光色ネイルが映えて輝いていた。
そんな片手で俺の片手を掴んで勢いよく振り上げ、
「あーいっ。シグマせんぱぃ~。ベリーミルク追加ぉねしゃー!! あーしもおかわり! クリームマシマシのマシでもいっ杯!」
「えっ?! し、シグマ……?! 居たのか?!」
言われて目を凝らすと、マスターの隣にふさふさの犬頭が立ってシェイカーを振っているのが見えた。
ジンガたちとカウンター席に座っていたときは見掛けなかったはずなのだが。
一体いつの間に。
シグマほど個性的な外見をした相手を見落とせるような俺でもないだろうに。
俺もそろそろ酔いが回ってきてしまったのだろうか、それにしてもだ。
「どうもマグ教諭。楽しんでいらっしゃるようでなによりです」
「は、はい……」
「私も店主とは古い付き合いでして。アンバーマーク殿の貸切とうかがいお手伝いに来たんですよ」
ミレイと手を挙げて注文してからほどなく。
シグマが二人分のノンアルコールカクテルを運んできてくれた。
海辺のレストランでの礼儀作法に乗っ取った恭しい挨拶は此処ではしないらしい。
服装も給仕用ではなく彼にしてはラフで、エプロンがいまひとつ似合わない。
真面目な立ち姿ではあるがいくらか気楽な態度で接し、生クリームがたっぷりと乗った木苺色のラテを俺たちに渡しながらそう言うと、
「ご安心を、教諭。メニュー表どおりの金額ですので」
胸毛と髭の境目がない首の毛をいたずらっぽく撫でながらニヤリと笑うシグマ。
隣ではミレイがメニュー表をうちわに見立ててひらひらと俺を扇いでいる。
「マグっちシグマ先輩とナンかあったん? ま、今日ゎぜんぶ隊長のオゴリだしぶれーこー、ぶれーこー」
「はは。そだね……」
「そ! じゃんじゃん飲んでけーっ!」
尚、ピンクと紫が混ざった夢色ドリンクは見た目通り規格外な甘さだった。
多分この世界で口にしたあらゆる飲食物にもこの甘さには敵わないと思う。




