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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第4章.機械都市
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131 ビタースイート


「……あ? なーに女をジロジロ見てやがる? 欲求不満か? このエロガキ」


「なっ。そんなんじゃない、けど……」


それはジンガの向こう側、俺と真反対の席に置かれており、


「カナンならそのうち元に戻る。お前は別にこの件に関しちゃ悪かぁねェんだ。気にすんな」


俺がカナンだった部品を見つめているのに気付いたらしい。ジンガは赤い顔のまましゃっくりをひとつ。

決まりの悪そうな顔をし、羽虫を払うような動作で俺の視線を遮った。

酔っぱらってこそいるがこれについてばかりは神妙な面持ちで返すあたり、彼もカナンに対して物とは違う愛情を注いでいたのが解る。


彼は残った鎧の一部だけを「女」と呼んでいるのだから。


初対面の頃、俺のジンガの印象は最悪だった。

下品な素行や言動と汚い身なりのせいで騎士だとは到底思えなかったし、まして部下想いの隊長だなんて人柄は予想もつかなかった。


だが、今カナンの鎧を自分のすぐ傍に置き、彼女の席を設けているところを見るやその印象は俺の中で大きく変わっている。

ファリーとの戦いの後から徐々に彼を知る機会はあった。

どんな顔をしてるときも部隊の仲間を、彼女(カナン)を大切に思っている気持ちはブレないんだな。と、俺は感心している。

今日のように多くの人間が彼の下に集うことに対しても納得できるようになっていた。


精霊であるカナンは力を使い果たしたことで一時的に肉体を維持できなくなり、今はただ実体がない状態でいるだけなのだと聞いた。

それでもすぐ傍には存在しているのだとミレイが説明してはくれたが、俺には彼女の存在を感じ取ることができない。


(俺にはわからないけど、ジンガにはきっと今も隣にカナンが見えているのかもしれないな……)


それならば確かにあまりジロジロ見るものではなかったな。

一人で反省していると俺の前にショットグラスが置かれ、


「あおれよ。この店で一番高くて旨い酒だぜ。遠慮すんな。今はテメーも含めてのお疲れさん会でもあンだからな」


「じゃあ遠慮なく……。……って、つっっっよ?! な、なんだこれ!」


薦められるがままグラスに口を付け一気に飲み干した途端、乱暴なアルコールの嵐が口内を軋ませた。

辛みが強すぎて思わずうめき声が出てしまう。

次に来るのはテキーラのような強度に焼酎のような渋み、ワインような酸味が暴発して混ざりあった何とも言えないぶっ飛んだ味。舌から飛び上がって脳天に突き抜ける。


ジンガに推された酒を飲み込んだ喉が焼けるように痛い。舌の根っこもヒリヒリしてきた。

脳に貫通した痛みは一発、頭をガツンと殴られて血反吐を吐いているような気分だ。


「う、うえぇ……っ」


「けっ。良い酒の味も知らねーなんざ、ケツくっせぇガキだなァお前……」


罰ゲームか。仕組まれたのか。

ジンガはけらけら笑っているが俺にとっては決して大袈裟なリアクションではない。

(マグ)よ。さてはそんなに酒には強い体じゃあないな。

だとしても、だとしても、だ。


「半端なく辛いし変な味だよ、これ……おえっ」


「教諭、大丈夫ですか? ピザ召し上がります?」


嗚咽を聞きつけ、逆隣りに座っていたイレクトリアがおやおやといった顔で俺に声を掛ける。

口直しにどうぞ、と蜂蜜がたっぷりかかったチーズピザを一切れ小皿に移して寄越してくれた。

慌ててかぶりつくと、乳製品と小麦の香りが口いっぱいに広がりねっとりとした甘さで酒の辛さが緩和されてゆく。


「助かったあ。甘い……美味い……」


「それは良かったです」


ピザを食べながらイレクトリアの前に置かれている皿とジョッキの量を見て俺はぎょっとした。

空の大皿がある時点で単純計算でも一人でワンホール丸々を平らげているし、近くに生ハムの板と揚げ物の皿が数枚ずつ積み上がっている。

今マスターから笑顔で受け取っているビールにいたっては七杯目のようだが、鼻柱が真っ赤なジンガと比べてまだ彼は素面(しらふ)に見える。


俺と視線が合って不思議そうにしているけれど、その顔になるのはどう考えても俺の方だろ。

大食い選手顔負けの食いっぷりではないか。

その菜食フェイスとスマートな体の何処にそれだけの炭水化物を収容しているのか。

シャツの下のお腹が膨れる様子も全くないときたら。


「イレクトリア、見かけに拠らず食べるんだね……」


「こいつぁな、飲み食いしたモン全部胯間のムスコに行っちまうんだよ。女ビビらすほどでかくてエグいからな。先公に見せてやれよ、イレクトリア」


「いやです」

「俺もやだ」


ここで素直に股間の息子を出されても反応に困るしとんでもないセクハラである。

と、いうか食べたものが何処に行く云々のくだりは肥らずに胸にいく女子トークのテンプレートなのではないか。アレンジにもなってない。


酔いのせいか普段以上に下ネタがきつくなるジンガに耳を貸していると、心なしか苦酒の臭いが出戻り嫌に強く感じるようになってきた。

あっさり断って食事を続けるイレクトリアに「つまんねーやつ」と膨れっ面になるジンガ。

冗談を受け流しつつ俺もピザのつづきを食む。


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