130 銀蜂隊とのとある夜のこと
その夜、カナンと共にコーデュロイのもとへ向かい歩く間。
「それにしても酒の席、か」
「嗜まれるのはあの時以来ですか?」
「そうだね。子供たちと暮らしてるからあまり機会がないというか……」
「お忙しいのですね」
忙しいとはまた違う。生徒達との生活は非常に規則正しい。朝から晩までまるで毎日が合宿だ。と俺は軽く笑う。
魔法学校では俺もビアフランカも同じで、他所でのコミュニケーションとしての飲酒は全くといっていいほど無い。
俺は隣で「なるほど」と相槌を打つカナンに誘導されながら見張りの騎士に会釈し、鉄の廊下を進んだ。
歩きながら俺は、ファリーとの件が一段落し、事件解決の祝賀と称してジンガたちに呼ばれた夜のことを思い出していた。
──夕暮れを過ぎ空が紺色に染まり始めた頃。
港街の大通りを右折して数メートル。
そこまで奥まっているわけではないが一見すると商いをしているとは思えない一般民家のようなつくりの建物。
渡されたメモを頼りに目的の酒場の入り口につくと、見知った獣耳女子二人が出迎えてくれた。
「あっ、先生さんこんばんは! こっちこっちですよう~~!」
「マグちんばんこ~ん! もぅ先始めちゃってんにょー! はっやくぅ~!」
屈まないと玄関に頭をぶつけてしまいそうなほど背が高いのは牛耳のフィーブル。
横にいる彼女と比べると子供に見えるほど小柄な猫耳おかっぱ少女がミレイだ。
二人とも普段着ている制服を着崩し、長い尻尾を揺らしながら元気に俺を呼んでいる。
「すごいな。今日は貸し切り?」
俺が明かりの漏れる店を見ると、
「そそ。今日ゎ、ゥチの部隊しかいなぃなぃっしょ。隊長が朝まで飲み明かすからってさ。こーゆーの久しぶりなんだょね。ぱーやく行こ行こっ」
俺の両脇にやって来て引っ張り合うように案内をするフィーブルとミレイ。
彼女らを見比べつつ店内に入ると、中は小洒落た居酒屋か静かなバー……あるいは小さな割烹料理屋を思わせるような内装になっていた。
総席数二十もないような小店舗だ。カウンターの前に椅子が数席と、四角いテーブルを囲った四人席が三つだけ。
目で見る限りの収容人数はそれだけで、あとは装飾品としての棚が置かれていたり壁に複数の額縁やら鹿の頭の剥製がさがっていたり、といかにもな雰囲気。
その中で十数名ほどの銀蜂隊隊員たちが酒を酌み交わし陽気にお喋りをしたり、大皿料理を回しあって食べていたりと皆思い思いに楽しんでいる。
奥のカウンターの中には店主らしき人物が立っていて、愛想よくほほ笑みながら先客たちに瓶酒を提供し談話しているようだ。
「アァン? 本当に来やがったのか。ったく、ふってぶてしい奴だなぁテメーはよォ……」
「来いって言っておいてなんだよその言い方は。俺だって別に暇じゃないんだぞ?」
「おっ……おう。なんだって構わねぇや。今夜は無礼講だ。許してやら。座れよ。ほら」
先に吹っ掛けてきた方が許すって言い方はないだろうよ。
曲がりなりにも俺が客人側なんだけど。
なんて無礼講の使い方を突っ込みたくなったが、ジンガの辞書が落丁だらけの不良品なのは解っている。無意味だろうからやめておいてやるかな。
自ら招待しておいてやって来た俺を悪態で迎えるジンガに言い返すと、言い返されると思っていなかったのか彼は一瞬驚いた顔をした。
そしてすぐに機嫌良さそうに笑って隣の椅子をポンポン叩き俺に着席を促す。
怒ってはこない彼の顔をよく見ると、ほんのりと鼻の頭が赤くなっていて吐く息も酒気を帯びていた。
俺の言葉に怒鳴り返して来ない上機嫌はこれが理由だ。
どうやら俺が到着するより早く飲み始めていたらしい。
へらへらと笑いながら店主にキープボトルを取るように指示する指が震えているのを見るに、ジンガは既にかなり酔いが回っている。出来上がりかけの様子だ。
(あ……)
座って辺りをみるとカウンターの上に不似合いな鉄の塊が置いてあった。
銀色に輝くそれには炎を連想させる赤い宝石がはめ込まれ、下に濃桃色のマントが敷かれている。
見間違いでなければその肩鎧はファリーとの戦いの中で燃え消えてしまったカナンが装備していた物だ。




