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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第4章.機械都市
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127 気乗りしないわけではない

「それって本当に俺が行かないとダメ?」


別に断ることもない。けれども付き合わなければならない義務もない。

あまり付き合いがなくまだあまり知らないカナンや、彼女とイレクトリアの育て親だというコーデュロイと新たに親交を持ついい機会かもしれない。こんなときに不謹慎かもしれないが俺自身、悪い気もしていなかった。


「コーデュロイ隊長からのご指名……というわけではないのですが。その、こちらのお二人にお付き合い頂くわけにはいきませんので……」


こっちもこっちで勘違いに何を期待しているのやら、キラキラした目で俺とカナンを見つめるユーレカとリュワレから目をそらす。

確かに未成年の彼女らに晩酌をさせるというのは気が進まない。


「そりゃあそうだよな。じゃあ例えばさ、ジンガはどう?」


部屋でふて腐れて寝ている彼なら酒も好きだし適任だろう。と、代打者を提案してみると何故かカナンの背筋が糸で吊るされたようにピンッと伸びる。何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。

彼女が視線を背けて緊張した様子を俺に見せるのは初めてだ。


「たた、隊長では……! その、ですね……困ります……隊長では少々問題がありまして……」


「ああ、そうだよな。また喧嘩になっちゃうのか」


「はい……」


動揺しているのか言葉の種類が極端に少ないカナン。彼女らしくない慌てた拒絶反応。彼女が言いづらそうに口ごもる様子を見て思い出した。

ジンガとコーデュロイ、仲が良くないどころか最悪の相性なんだったっけか。

つい数時間前、互いに罵倒し合うのを目の前で見たというのにうっかり失念してしまっていた。


「じゃあイレクトリアは? あいつはかなり酒強かったんじゃないか? 俺より飲めるだろうし」


別の代理を提案してみる。


「それにあいつも君と同じでおば様に育てられた兄妹(きょうだい)なんだろう? 親子水入らずでっていうのもいいんじゃない?」


「同じ? は、はあ……。マグ先生、私をからかっていらっしゃるわけではありませんよね?」


カナンは呆れたように眉の間をせばめた。彼女の表情が一瞬で冷たさを取り戻して氷点下まで落ちる。

何故か照れてもじもじしているようにも見えた先程の提案に対するものとは全く違い、すっかり冷めきった態度になってしまったのは何故だろう。まるで、がっかりした。とでも言うようなジンガを推薦したときと正反対の返答だ。


「副隊長が誰かと飲むなんてまずあり得ませんよ。あの人は人付き合いを面倒がって、家で猫を飼っている。などと嘘までついて途中で抜け出すような人ですし、私やコーデュロイ隊長のことだって……家族だと思っているのかも疑わしいです……」


「そこまで冷たいやつかなあ。っていうか、ネコ……?」


「はい。そういうわかりきった嘘を平気でつくんですよ」


意外性があってかわいいだとか、猫というのは建前で実際は大事な子猫ちゃんを自宅で待たせているのではないかとか、どうとでもとらえられていそうだ。

だが、「嘘」を強調するようにイレクトリアが住んでいる独身寮ではペットの飼育は禁止だそうで、異性を部屋に招くのも禁止されている。と、カナンは補足した。つまり俺が想像したどちらでもない。


「それはまた……はは……。まあ、好いてくれる人に勘違いをさせないような彼なりの気遣いなんじゃないかな。モテる奴にはモテる奴の苦労っていうか。下手にこじらせるよりはましなんじゃない?」


好きでもない相手に気のある素振りをするのはその場しのぎで後が大変だと思うし、ましてあの気紛れに俺を玩ぶ外面優良男のことだ。波風立たせずに騎士をしていられるのも、こういう回避技を普段から使っているからなのかもしれない。

実態を知らない者はいずれかを連想することを利用しそれならばと身を退くし、事実を追求すればそういう嘘だとわかる。男女関係に角が立たず拗らせない解りやすいかわし方だと思う。使う機会があれば言ってみたいが、その使う機会もなかなか俺には回ってこなそうだ。

そんなことを話していると、


「お二人で私の噂話でも? ここへ来るまでくしゃみが止まらなくて大変でしたよ」


「さあ? 湯上がりだからではないですか? 副隊長」


いつの間にやって来ていたのか、軽装に着替えたイレクトリアが戸の横に立っていた。

自動ドアが開く音がすれば誰でも気が付くはずなのだがいつ入っていたのか。この男はいつも気配を消すのが上手過ぎる。足音のたてなさが猫のようだ。


「……まさかだけどイレクトリア、普段の移動にも空想魔法使ってたりする?」


「いいえ。壁を抜けるのは『赤い靴』とはまた別の呪文ですね」


それだといいえがイエスになってるのだけれど。

隠すつもりもない清々しい返答を聞き、さっき男の立場で庇って損をした気がする。数秒前までの感心を撤回したい。頼むから嘘も休み休み言ってくれと思う。本当の発言がどれだかわからなくなる。


「副隊長。ここは女性部屋です。男がノックもせずに忍び込まないでください。彼女たちが不安になります。次やったら問答無用で首を撥ね飛ばします。加えて、体は水分が抜けるまで日干して粉末にして帰りに海に撒きます」


俺ら証人のいる前でこれから起きる完全犯罪の工程を説明しないでくれ。

カナンもカナンでド正論だがイレクトリアに対しての物言いには特段でかい棘がある。棘をこえてもはやイバラが絡み付いているような。


「カナン……。でもまあ、密室で何か起きたら真っ先に疑われるよ」


「そうですね。失礼しました」


確かに能天気なユーレカはともかく、リュワレは一度利用されたせいでイレクトリアのことを怖がっているし、カードキーを使わないと入れない部屋に自由に侵入できる技を持つというのは大変なことだ。

悪意を持って女子の部屋に忍び込む犯罪者を見るような目で見られても言い返せないし、イレクトリア自身に悪意がなくてもカナンから物騒な言葉をぶつけられて当然だと思う。


「教諭は?」


と、いうのをひっくり返そうと俺の存在に着眼したな。

さっきから居て俺との会話のラリーを二回もしておきながら、さも今俺が居ることに気づいたかのように言える精神に突っ込みが追い付かない。


「俺はカナンに呼ばれて来たんだ」


「なるほどそうでしたか」


カナンの脅しも効いてないし、詫びれもしないイレクトリアが相槌をうつ。


「そうです。プライベートの侵害に来た貴方とは違います。理解したら自室へ帰ってください副隊長」


俺をリュワレの御守に呼んだだけあってカナンの中での俺の信頼度は、もしかしたら彼女の上司のイレクトリアよりも高いのではないだろうか。そもそもカナンはこの副隊長をあまり信用していないような気さえする。

先日の戦いを思い返してみれば、イレクトリアは彼女を灰にした元凶でもあるわけで。わだかまりがないはずもないのだ。当たりが強いのにも納得できる要素はある。

そう俺が察して黙っているうちに、


「そんなつもりはありませんよ、カナンさん。私はシャワーが空いたので教諭を呼びに来ただけです。それと、コーデュロイ隊長との晩酌なら私が引き受けますね」


「しっかり聞いてたのかよ。っていうか代わりに行ってくれるの?」


「貴方からの頼みということで一つ、また貸しにしていただけるのでしたら喜んで。ただ、ご自身で行かれたほうが良いとは思いますけど」


「は? なんで……?」


「おば様の勘違いを放っておくと機械都市を離れた後もカナンさんとの関係のことで問われ続けます。おそらくは騎士団内に噂が行き渡って遣いが毎日訪問するだとか、そうでなくても(まじな)いがかかった手紙が届くとか……」


「あの人、冗談だって言ってたのに?!」


「そ、それは困ります! マグ先生!」


俺と同じタイミングで焦るカナン。

あまりの反応の早さと必死さに、告白してもいないのに二度フラれたような気分になった。


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