123 おば様と義親子
支部の中は港街で見た造りとは異なり、機械都市の中枢の建物のほうにいくらか似ていた。
騎士団の所在地であることよりも、機械都市の一辺らしい要素が多い。
近付くとセンサーが作動して開く扉やライトなどがまさにそれだ。
中枢と同じものが採用されていることから、この騎士団支部も機械都市の技術者たちの手を借りて造られたのだと悟る。
ここは安全な場所だ、と言われても俺はいまひとつ落ち着けなかった。
中枢でのことを思い出させる景色だ。
曲がり角から人が飛び出してきて銃を向けてくる。気を張っているとそんな想像をしてしまう。
俺らに対する金鷹隊の騎士たちの反応は実に様々だ。
すれ違いざまに挨拶をすると、異質な存在を見るような視線を浴びせてくる者もいれば、友好的で朗らかな態度の人もいる。
前を行くカナンに声が掛かれば彼女は真面目な顔でそつなくかわしていたし、求められる都度イレクトリアは爽やかな笑顔で握手に応じていた。
ちなみに、俺には特にそういった反応はなく、ジンガに至っては俺より不遇。
専ら歓迎されていないほうの視線を受けていて、居心地が悪そうな顔をしていた。
「コーデュロイ隊長は私とカナンさんの育ての親なんです。寮に移るまで面倒を見て頂いていたんですよ」
「ああ、だからおば様って……」
「ええ。昔はそう呼んでました。私もカナンさんも、もとはうちの隊長に拾われたんですけどね。十代の頃はコーデュロイ隊長に預けられてまして、銀蜂隊ができてから隊長の部隊に戻ってきたというわけです」
「そうだったのか。ジンガに子育てとかできそうにないもんなぁ」
「できないですね。おそらく。家事も怪しいですし」
コーデュロイや彼女の部下たちの対応違いのルーツはそういうことだったのか。
部屋に着くなり、固めた髪を解しながらイレクトリアが説明してくれたことで納得した。
ファリーとの一件の後、銀蜂隊と酒場へ飲みに行ったときにイレクトリアもカナンも幼い頃ジンガに拾われた義親子の関係だとは聞いていた。
やっぱりというか。それを聞いたときもジンガに親役が務まるとは思えなかったけれど今の話で腑に落ちた。
夫や子のいないコーデュロイにとって、カナンやイレクトリアは自ら手をかけて育てた大事な孫のような存在。
ジンガは子供を拾うだけ拾ってきて子育ての役目を放棄したどら息子。
そのどら息子が部隊を持つのを切っ掛けに孫子たちが離れ、どら息子の部下になるというのだから。
(イレクトリアたちが騎士になるなら自分の部隊に居させたかっただろうし、ジンガもジンガだけど。コーデュロイにも言い分はたくさんあるんだろうな……)
それならば隊長や隊員たちがジンガにだけ冷たく当たる態度がわからないでもない。
悪口の応酬をやっと察した。
(加えてこの態度だし。やれやれ)
と、シャツ一枚で不貞寝を決め込んでいるジンガの背中を見ながら思う。
なんとなく家族構成が理解できてきた。血の繋がりがあるわけではないけれど、整理してみると結構濃い。
「教諭、先にシャワーを頂いてよいですか?」
「いいよ。どうぞ」
個室にシャワーがついている。少し高級なホテルのようなゲストルームだ。
無機質な部屋だが設備は一応整っている。
男三人で押し込められるには狭いのと、お茶菓子や外を見られる大窓がないのが残念なところ。
風呂場で水の音が流れるのを聴いてから、俺は部屋を出て建物の中を回ることにした。
「マグ先生」
「ジンガはふてくされて寝てるしイレクトリアも風呂に入ってるよ」
扉の内鍵が閉まるのを確認していると、振り向いた先にいたカナンに声を掛けられた。
部屋の中の二人に用事があって訪ねてきたのだと思ったが、どうやら違うらしい。
「少しの間……だけ、私が戻るまでリュワレさんをみていては頂けないでしょうか。コーデュロイ隊長に呼び出されてしまいまして」
彼女は俺を見上げ、自分と入れ違いに女子部屋へ行ってリュワレを見張って欲しいと頼んできた。
そういった案件ならば男三人のうち俺にしか務まらないな。カナンはもとから俺に会いに来たようだ。
お願いされれば断る理由も特にはない。
「コーデュロイおば様、なんでしょ。折角だし水入らずでゆっくりしておいでよ」
「その話をどこで……」
「イレクトリアから聞いたよ。カナンもさっき『おば様』って呼び掛けてたけどね」
「副隊長が話したんですか? ……では、副隊長がこの機械都市で育った話や他の空想魔法の使い手のこともすでに?」
俺の気遣いに面食らったような表情をし、カナンは聞き返す。
イレクトリアが俺に義家族の関係を話すと思っていなかったらしく、どこまで話したのかと問うてくる。
「いや、それはまだ聞いてないな。俺が知ってるのはジンガが連れてきた二人をコーデュロイさんが立派に育てたってことだけ」
「そう……ですか」
俺が首を振るとカナンは小さく頷いて、
「ではよろしくお願いします。まだの話については今回の件にも関わってくると思いますので、戻ったらお話しさせてください」
「わかった。いってらっしゃい」
そう言い俺に部屋の板鍵を手渡した。
記録魔法で開閉できていた学校とはまた仕組みが異なるらしい。
それを持ってリュワレのもとへと向かうことにする。




