122 コーデュロイ
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「なるほど。お前たちの話は理解した。隙間に入り込んで蜜を啜るのは得意分野だな。流石はドブ蜂のアンバーマークだ」
「うるせぇ、しわくちゃクソババア。テメーら金鷹の使えねぇ古株がいつまでも二の足踏んでやがっから俺らが動いてんだろうが。税金泥棒が偉そうにのさばってんじゃねーよ。黙って協力しろっつんだ」
「おだまり若造。外見を貶すことでしかアンタが個性を発揮できないのは学が無いからだったか? まぁ、出来の悪い小僧の腐れ外道脳味噌には世辞を覚えさせる先方も苦労するだろうがね」
「おば様……いえ、コーデュロイ隊長……」
ジンガと口喧嘩を交える女性に呆気にとられている俺の横。
カナンが控えめに口を出そうとすると、コーデュロイと呼ばれたその女性は片手で彼女の発言を制止した。
ジンガを蔑んで見ていた視線を払い、一旦こちらを向く。俺とカナンを交互に見て、
「金鷹第二小隊、エンリカ・コーデュロイだ。見慣れない顔だが、そっちの男はカナンの彼氏かい?」
「へ? お、俺が? カナンの……って?」
「コーデュロイ隊長。違います。からかわないでください」
「別に聞いてみただけだろう。まあそんなひょろっこいトンボみたいな男、アンタの好みじゃあないさね」
名乗りながらくくっと意地悪に笑った。
ジンガやカナンの反応を見る限り彼らとはかなり親しい仲のようだが、俺とは初対面になる初老の女性。
年輩ではあるけれどジンガが言うほどしわくちゃなお婆さんというわけでもない。
この人が王国騎士団金鷹隊コーデュロイ隊長だ。
顔を突き合わせるなり火花を散らしてバチバチの口喧嘩を始める様子ですぐ理解したが、コーデュロイはジンガに負けず劣らず口が悪くて高圧的な性格だった。
そもそもジンガと対等に罵り合える人間がいたことを俺はたった今さっき彼女の登場で知った。
それまではそんな女性などこの世にいないと思っていたから、一瞬で常識を覆された。
(カナン……否定するの早かったな。とか、トンボって言われたのいつ以来かな、とか……って、そうじゃなくて、だ)
コーデュロイは杖を携えてこそいるが背筋は糸で吊られたようにピンと伸びているし、足や体のどこかが悪いとは到底思えない出で立ちだ。
鋭い目付きの奥二重でエメラルドの瞳の目がおさまった顔の左頬には、刃物の傷跡らしきものがうっすら残っていた。
燃える炎のような赤いウェーブ髪は白い隊服によく栄える。
ジンガの第一印象が賊のボスなら、彼女は生涯現役の女将校といった感じだった。
なかなかに迫力のある風貌をしていて、お婆さんと言い表したり呼んだりするには畏れ多すぎる造形であるし実年齢より数段若くも見えると思う。
そんな彼女、コーデュロイと俺たちが面会することになった理由は此処……騎士団の駐屯地が安全だからという理由によるものである。
提案は今から数十分ほど前。カナンとイレクトリアがこの場所を指定した。
俺は機械都市の中枢奥地で黒織結晶やそれに関する研究、エネルギーとして活用する計画という秘匿を知り、持ち掛けられた協力を拒んだ。
そればかりか、都市の重役人である令嬢・リュワレをも誘拐してきてしまった。
秘密を外部に持ち出そうとし、大切な顔役を連れ去った俺やイレクトリアを機械都市側も黙って見過ごすとは思えない。
すぐに追手が捕らえに来ると思っていたが意外なことにそれはなかった。
もっとも、意外だと思ったのは俺だけだったようで、同じく追われる身になったイレクトリアはこれに納得していたようだった。
彼が言うには、「統率を正しいと信じる機械都市側の役人たちは慎重すぎるほど慎重で奥手なので。住民に覚られるようなことはしないでしょう」とのことだ。
つまり、街のど真ん中で拳銃を持った集団に囲まれてお縄になるようなイベントは起きないらしい。
彼が他人より機械都市のことを知ったような口振りだった気がするのはなんでだろう。少しだけ気になった。
どちらにしても、来たときと同じように船を出して貰わないことには俺たちは本土には戻れない。
いくら奥手な役人たちが手を出してこないとはいえ、船に乗せて運んでもらえるかといえばそれは言うまでもなく無理な話。
出航管理をしている中枢から急遽閉鎖を言い渡されたとかで、船着き場に入ることも出来なかった。
都民には一切の不信感を与えずに、既に俺たちに対する手は回されていたということだ。
こうした経緯があり、俺たちはなるべく目立たないように機械都市の内側で身を潜め、これからの計画を立てなくてはならなくなった。
そして、俺たちを機械都市の監視の目から匿ってくれる場所がこの、王国騎士団の機械都市支部だったというわけで、指揮をとる金鷹隊のコーデュロイとの謁見に至ったのである。
「汚ないヒゲ面にうちの敷居を跨がせるのはしゃくだがね。カナン、イレクトリア。お前たちの頼みとあっちゃ断るなんて不義理なこたぁしないさ。気の済むまでゆっくりしておゆき」
「感謝いたします、コーデュロイ隊長」
「ありがとうございます。少しの間お世話になりますね」
しかしどういった関係性なのか、威圧的な印象のコーデュロイも若い二人の騎士にはこの通り優しい。
普通に会話が成立している。
何故だか隊長同士の対等な身分であるジンガだけが彼女に気に入られていないらしく、「ちゃんと俺もヒゲ剃ってきただろうが」と不満そうにぼやいていた。




