119 キュリオフェル
「キュリオフェル様……」
「管制された都市の中枢のあなたたちがそんなでは住人たちに不安を与えちゃうじゃないですか」
真っ白な布衣で顔を隠した小柄な人物は二人の言い争いを仲裁し、隣で黙っている付き人を見上げて同意を求める。
「ねぇ、テーオバルト」
「…………」
幼い男性か、もしくは若い女性にも聞こえる高く弾む声色。
軽い口振りではあるが落ち着いた物言いをするキュリオフェルは、二人からの強気な視線を受けておどけるように肩をすくめた。
彼の付き人であり、治癒魔法における弟子でもあるテーオバルトは気まずそうに、
「師匠。今回のことは銀蜂隊の滞在中に彼を連れてきた私の責任もありますでしょう……」
「待って待ってってば。ちょっと。三人目にならないで。君まで無意味な責め合いに参加しないでよ。この話はもう終わりだよ。次に話を進めなくちゃ、でしょ?」
キュリオフェルの子供を叱るような台詞に制止され、テーオバルトは再び口を閉ざした。
「お二人もね、十字蛇竜治癒団の創立者が直々に来てるんだから、もうすこし緊張感をもってくださってもいいんですよ」
緊張感という言葉からもっとも無縁そうな態度でキュリオフェルは言った。
えっへん。と胸を張ってミラとコルベールの間を通り過ぎ、オーミット氏の肖像画の前へ立って両手を組んで祈りを捧げ、
「ぼくの大事なおともだち、フリックスくん。ぼくとコルベールくんたちで頑張るから、君もちゃんとぼくらを見守っていてね……」
と、小さく呟いて目を伏せる。
十字蛇竜治癒団はこの世界における医療従事者の中でも特異な存在だ。
常人には体得不可能な特別な術、≪治癒≫の魔法を独占することによって、医療の最先端で活躍し指揮をしている。
ここで頭を下げているキュリオフェルは、その治癒団の創立者であり組織のトップ。最重要人物である。
治癒団が発足して間もない頃は自らの足で患者たちのもとへ赴いていたというが、今となっては創立者が交渉にあたるような事例はほとんどなくなっていた。
機械都市はキュリオフェルにとっても特別な意味を持つ土地であった。
キュリオフェルはオーミット氏と共に機械都市の発展に心血を注いだ仲間である。
肖像に向かって名前で彼を呼ぶほどに親交も深く、オーミット氏の古い友人であり、同時にオーミット氏の部下であるコルベールにとっても恩人に値する。
だが、コルベールからしてみればけして油断はできない相手でもあった。
なぜならこのキュリオフェルという人物こそが、彼の従主オーミット氏を死に追いやった元凶だという記憶が彼の中には焼き付けられている。
それでも機械都市へ迎え入れ、協力関係を保っているのは従主の意思を守り抜くため。
ゆっくりと姿勢を直すキュリオフェルの背中を見つめながら、コルベールは奥歯を噛んで感情を自らの思考と別のところへ引き離す。
「あぁ、そうそう。コルベールくん、ぼくねお部屋を一つ貸してほしいんです。今日から何日かゆっくりできるところを」
「かしこまりました。すぐにご用意しましょう」
「助かります。では案内してくださいな」
心から信用はしていないが、従わざるをえない。
コルベールが維持する上っ面の友好は、都市の中だけではなく部外者にも適用されるのだった。




