11 シグマと宝石
「……ここですね」
「ああ」
出発するときはそこまで余裕がなくよく見ていなかったが、海辺の三階建てカフェレストランという呼称だけでもお洒落だったんだな。と、俺とアプスの前に建つシグマの店の外観を見直し俺は改めてそう思った。
白い砂浜に浮き立つような、更に白い外壁が太陽の光と海の飛沫の色を反射してキラキラと輝いて見える。
階ごとに開いた窓から純白のテーブルクロスがはためいており、スタッフが優雅な客人たちをこれまた優雅にもてなしている。
なるほど確かに高級そうだ。
この様子を外から見ていたら最初から店には入らなかっただろう。「誰か俺とスーの服装を見て止めてくれたらよかったのに……」と俺はひとりごちた。
そういえば、アプスは心なしか俺たちよりも良い服を着ている気がする。
女神の風貌を持つビアフランカでさえ法衣として形容する他ない服装だったし、スーにいたっては尻尾や羽根の自由のために布の面積が常人より格段小さい。
対してアプスは裏がついてしっかりとした裾の短いベストをシャツの上から羽織っており、背中の剣もまるで新品のように綺麗だ。もしかしたら彼は俺たちよりもちょっと良い家庭で暮らしているのかもしれない。
上品な金の手すりを視線で交互に追ってから順番に真っ直ぐな柱をなぞり、俺がスーと食事をした三階のテラス席を見上げると、
「おーい! 先生ー! あれっ、あっくんも一緒に来たの~?」
白い細長いものが視界の先でたなびいた。スーの髪だ。
「スー、よかった。無事だったんだな!」
「ストランジェット! 君はまた勝手な行動をして!」
にっこり笑顔で手を振り上げる少女に、男二人は下から同時に声を掛けた。
見慣れた顔が戻ってきたことに安堵したのだろう、スーはぴょこぴょこと小動物のように身軽な動きですぐに俺たちのいる一階まで階段を駆け降りる。
「待ってたよー! 先生!」
そして、一目散に俺に飛び付いた。
無邪気なハグを繰り返す彼女の顔が勢いよく近づけられ、受け止めながら竜角の先が顔に触れる冷たい感触をかわした。
「危なっ……ところで、その格好は?」
「えへへ。似合う? シグマさんの奥さんに頂いたの」
スーが楽しそうに尾を揺らしてスカートをつまむと、アプスが俺の隣で反射的に顔を背けたのがわかった。
(年頃の真面目な男の子くんめ)
スーは俺と出会った時の薄着ではなく、この店の制服に身を包んでいた。
ベルベットのカーテンが背景に似合う欧風の高級な布をふんだんに使用した従業員服。シグマや他のスタッフが着ていたものと同じ材質なのだろう。
「先生たち早かったねぇ。ボク、待ってる間にお手伝いしようと思って着替えさせてもらったんだ」
「へぇ。よく似合ってるな」
「それはいいけど、君はその格好で学校に戻るつもりか?」
「えー、だめなの? あっくんのケチー。鬼の風紀委員長ー」
「なっ、僕は鬼なんかじゃなくて当たり前のことを……!」
ウェイトレス姿のスーが得意気にくるりと回る。背面は羽根を出すための切り込みが入っているためか、後ろを見ればやっぱり薄着にはかわりなかった。
何でも真面目に受け取ってしまうアプスと、からかい上手なスーの言い争いが始まる。
まぁまぁ。と二人を止めていると、店の奥から店主が現れた。
「お戻りですか、教諭」
「はい。お待たせしてすみません」
相変わらず毛づやの良い犬耳をピンと立てて落ち着いた声で話すシグマに、俺はビアフランカから預かった財布を彼に見せる。
「なんだかスーのこと、逆に面倒をみて頂いてしまったみたいで」
「いえいえ。私の見立てが当たったようで、こちらこそ良かったです」
しかし、シグマは俺から金を受け取らず、自身の後ろポケットからハンカチを取り出して中にくるまっていた物を俺に見せた。
そこには彼の大きな手の平に乗り切らないほど大量に、ハンカチが無ければこぼれ落ちてしまいそうな小さな色とりどりの宝石があった。
見立てが、とは服のことを言っているのかと思ったが、なるほど。
スーはこれほどの大口の客をこの短時間で獲得したというのか。
「それ、20000と……いくらに?」
「それ以上ですよ。時価もありますが40000は越えてます。よろしければ、もう少し何かお飲みになって行きませんか?」
「い、いえ……結構です。お店の為に使ってください」
まさか法外なことをさせたのではあるまいな。別れる前に獣の目で笑ったような気がしたのはこれを見込んでだったのか。
スーのほうを見ると、こちらのやり取りに気付いたらしく顔を赤くした。
どうやら後でしっかり取り調べをする必要がありそうだ。




