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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第4章.機械都市
119/140

118 発展の裏で欠落したもの


──≪快適で理想的な暮らしを≫。


機械都市の新設標語(スローガン)を掲げた始まりの男、フリックス・オーミットは、その身と精神の全てを最後まで都市の為に捧げた。

彼は都市に名を遺す英雄であり、都市にとっての最大の指針であった。


「旦那様。貴方の宝を……お嬢様と機械都市は必ず私がお護りします。たとえこの命に代えても」


港街の礼拝堂とは百八十度あまり雰囲気が異なる大聖堂で、コルベールは(ひざまず)(おの)が主の肖像に向かって深く頭を下げていた。

鉄板を重ねた壇のある足場に広がる電子基盤の波模様。

合間合間には冷却水を張った小さな水槽が嵌め込まれている、奇妙な空間だ。


彼の正面にある台座の上には巨大な電子画面が下げられていて、そこに写った男性は穏やかな笑みをコルベールへと向けている。

機械都市における肖像画の役割をする映写機の投影。

そこに写る動かぬ人物こそが都市の発展に尽くし、そのまま帰らぬ存在となったオーミット氏その人である。


コルベールは偉人の肖像を仰ぎ、す。と目を細めた。

かつて忠誠を誓い亡き後も慕い続ける唯一無二の(あるじ)に日課参りを済ませ立ち上がると、


「コルベール。申し訳ありません。キュリオフェル様がどうしても貴方に会いたいとおっしゃいまして」


「それよりも先に謝罪することがあるのではないですか、ミラ。貴女は部外者を取り逃しリュワレ様を危険な目に合わせている。その事についてはどうお考えで?」


訪問者へと厳しい台詞を放つ。

背後で様子をうかがっていた二人の人影のうち、白衣の女性・ミラに声を掛けられ、振り向くこともせずに静かに責めるような言葉を返す。


ミラは彼の言葉通りここへ来るまでに報告を済ませた失態をおかした。

彼女はその自覚を持っているにも関わらずうつむくことはせず、「それなのですが」と口を開いて言い返す。


「リュワレ様がいらっしゃったことは予想外でした。リュワレ様は自ら適合体(アイル)と接触をされ、あのような状況になったのです。私もあの場では……」


「予想外、などという言葉は完璧な予測を立てて行動していれば出てこないでしょう。言い訳を考える頭を計算式を解く方にまわしてみてはいかがですか?」


コルベールは厳しい口調で弁解を遮った。


「適合体などという特殊な名を与えたからといって、彼も燃料電池(セイラー)たちとさして変わりはない。所詮は我々に搾取される存在だ。何を恐れる必要があるのです?」


「それはコルベール、貴方が人間(ヒト)ではないから言えることです。私の務めは調停者(ルアー)をこちら側に引き入れることであって、リュワレ様や適合体が介入してくることへの対処など仕事にはなかった」


ミラの反論にコルベールの目の色が変わるのを察し、ミラも身構える。

どちらも譲ろうとしない。

空虚な互いの言い分がある。


失態をおかした自覚を持ち、頭では理解していても非を認めようとしないミラと、焦りを無駄な感情であるとして制御したつもりで彼女への理不尽な口撃(こうげき)に変えているコルベール。

彼らの食い違いは連携不足などで起きているわけではない。

もっと単純な感情の投げつけ合いが要因だ。


事態についての言伝てはミラも移動しながらしていたし、コルベールも彼女が到着するまでに把握して行動に移した。

会話でどちらも譲れず、反りあうのが常なのはこの二人だけではない。

彼らの相性はけして悪いわけではないと、性格を数値化けする機械は結果を出している。


根本的な原因は機械都市の便利さにあった。

機械都市の中枢で働く人々は、その便利な暮らしぶりの中で顔を付き合わせて会話をすることも少なければ、全うな意見交換することも僅か。

淡々と仕事をこなす能力は高いが、他人と感情をぶつけ合う対話をしてこなかったミラと、情報処理技術はあるが完璧ゆえの恐怖心を持たず部外者(よそもの)に興味のないコルベール。


純真無垢で騙されてしまい地下の秘密を適合体に知られてしまったリュワレも、リュワレの気持ちを汲み取れずにいるジムディもみな同じ都民である。

機械都市の住人はコミュニケーションに多大な問題を抱えていて、自覚していない節があるのだ。


「うわぁ。やだなぁこの空気。そこまでにしましょうよ。ミラさんもコルベールさんも仲間内で言い争ったって仕方ありません。お二人が争うべき事象はそこにはないのです、一旦閉廷にしましょ? はい、おしまいですっ」


そして今、険悪な雰囲気になった二人の間で明るい声を出し手を叩く人物はそんな機械都市の穴を完全に見抜いていた。






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