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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第4章.機械都市
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117 感情の無駄


確かにリュワレとジムディを婚約者の関係へと結び付けたのはコルベールだった。

旦那様の亡き後、まだ小さく幼い少女であったリュワレには後見者が必要だと考えたコルベールはその役目を急ぎジムディへと取り付けたのだ。


実際、機械都市では技術者達への資金繰りという面でのジムディはかなり羽振りがよく、オーミット氏が存命の時代から氏の研究の援助をしていた。

金回りも実績もあり都市内でそれなりの幅もきかせており、旦那様とも繋がりを持っていた彼こそがリュワレにとって理想の伴侶に違いない。

父娘ほどの年齢差があれどそんなことは問題視するほどのものではなく、時間が解決してしまうだろう。


機械都市の未来と少女の幸せのため、安泰の相手だとコルベールの思考回路は導き出した。

だが、コルベールの分析はミスをおかした。

ジムディは計算外なことに非常に浅はかで無知で無作法な男であったのだ。


ジムディは機械都市の権力者として中枢に住まい、リュワレとも上手くコミュニケーションをとっていると思い込んでいるようだが、そうとは言い切れない。

彼の思慮の浅さが絶望級であることをコルベールは知っている。


彼の言う、リュワレは彼から話し掛けられるのを恥ずかしがって妙な顔をする、は、大半が面倒臭いを本音にしているし、その内20パーセントは本気で嫌がっている時もある。

少女の性格から生じる不安定な要素を加味して計測しても、中々ジムディへのリュワレの好感度を操作するのは難しい。


「お嬢様は外出なさっているようです」


コルベールはさも当然のような表情で、息を吐く音に乗せて嘘をついた。

浅はかで何も知らないジムディに、今起きている問題をわざわざ報せてやる必要はない。

彼を渦中に含めると問題解決までの道程がねじまがり無駄に厄介になってしまうと、思考の計算式を調えるまでもなく判断し切り捨てたのだ。


つい数分前に最小限の人員で対応し、少なく留めて何事もなかったように収めるのだと決定し策を割り出したばかり。

今更何の情報も持たずに手ぶらで訪れ、冷静さを欠いた顔を振って心配する素振りだけをしているようなジムディをに何も出来ることはない。

故に、「関係の無い彼」を巻き込む必要はない。


敵を欺くにはまず味方からという言葉はコルベールの脳内フォルダにはないが、使えない味方は不要とみなし物事から遠ざけておく、は正しく記憶されている。

無論、ジムディとて常時使えない無知な味方というわけではない。

便宜上交わさせた婚約の件など、場合や物事の内容によっては彼に御膳を立てて動いた方が上手く進むこともあることにはある。

ただ、今がその時でないだけなのだ。


「外出だと?! 彼女が? 一人でか?! まったく呑気な娘だ。自分の立場をわかっていないのかね……」


「さようでございますね。仰る通りにございます」


コルベールは適当な返事でやりすごす。

いかにも、賛同しているといった言葉と素振りをして。

表情と本心の導線(プラグ)を切り離した状態でも、彼の顔はジムディへのご機嫌取りを自動(オート)で行う。


ジムディにはリュワレが戻るまで、何も知らないお気楽な婚約者をしていてもらえばよい。

焦っているのはわかるが、無能のくせに少女を私物に見立てて捜索するような物言いも、そんな言葉を堂々とこちらに向かって吐ける鈍感さもコルベールの気に一々障るのだ。

コルベールはまた、気に障る、という言葉を浮かべる感情をすぐにシャットアウトし、


「戻られましたら私からもお伝えしておきますよ。ジムディ様が大層心配されていらっしゃったと」


「ああ。頼むよ、コルベール。もしも彼女に何かあれば私は……」


「承りました。ジムディ様」


コルベールとてジムディのような無駄が多い人間を軽蔑しかしていないというわけではない。

人間は無駄で出来ているし、それが煩わしいときも愛しいときも均等にあることをコルベールは理解している。

今回の対話で彼は実に六分二十二秒の時間を無駄にしたが、特段気にしてなどはいない。


気にすること自体が感情の無駄遣いであり、彼が封じ込めておくことを最も得意とする分野であった。

邪魔なお喋りを終えた機械人形(コルベール)は、数分前の情報を元に次の行動を決定し部屋を出る。




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