116 彼にとっての雑音とは
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優秀な機械人形は生身の人間と比較して遥かに冷静で、その時々の感情に決して流されることがない。
かつての彼の主人でリュワレの父であるオーミット氏によって体の半分以上を機械化され、半永久的な稼働時間という尽きるまでの条件が厳しい寿命を与えられた彼は、身体に掛かる負荷のうち精神的な面の制御が最も得意である。
そのお陰で今も焦ることなく的確に情報を整理していた。
機械都市の至る場所に設置した監視カメラが映している映像を、自身を中心に大小合わせ百近いモニター画面に表示し同時にそれらを見比べて、
(──いた。例の適合体か。これだから部外者には油断できない。今から四十三分と十六秒前。他には……)
探していた人物を特定する。
リュワレとイレクトリアが接触している時間を確認し、その数秒間を繰り返し再生しながらモニターの端を指で弾き録画内容を複製すると、自身の片耳に嵌めたピアスに触れその内容を直接脳内に送り込む。
再生時間を進め別のモニターにミラとマグのやりとり、銃を突きつける姿、人質に取られたリュワレの様子を順番に映し出し、それらも全てコピーしピアスから自身の記憶媒体へ書きこみ追加保存していく。
以上の行為を数度行った頃、コルベールはミラから着信を受けるまでに顛末をほぼ先回りして理解していた。
中枢の代表格である彼は機械都市の情報を誰よりも多く扱っている。
言葉で伝達されるよりもずっと素早く、それらを駆使し自身の力に変えることが出来る。
彼は自身の目となり耳となるものを常日頃から配置しておくことで、的確に状況を分析することができるのだ。
彼へ課された課題は目前に二つある。
ミラが話した機械都市の新規計画、秘密裏にしていた新エネルギーの情報が来訪者に持ち出されてしまったことによる被害の想定。
そして、都市繁栄の大切な象徴であり彼にとっても特別な人物、リュワレが連れ去られたことへの対処。
(住民を刺激しないよう捜索はあくまでも小規模の人員で行う。念のため金鷹隊にも連携しておくべきか……奴らなど大したあてにはならないだろうが……)
事件を最小限の被害に留めて処理するための方法を確率としていくつか割り出し計算していく。
コルベールは記憶した映像をもとに思考を巡らせていた。
彼がこめかみに人差し指を当てるとバチバチと雷光が駆け、顔の横に埋め込んでいる装置に反応して小型モニターを表示し眼鏡を形作る。
「コルベール……彼女を、リュワレを知らないか? 何処を探しても見当たらんのだよ」
ちょうどその時だった。
策を練っているコルベールのもとに何も知らない男が慌てた様子でやって来たのは。
「庭園も自室も見てきたのだが……」
髭をたくわえた中年、ジムディはチャイムを鳴らすこともせず不躾に部屋に入り、ずけずけとコルベールの席に近付くなりそう尋ねた。
彼は自分の婚約者であるリュワレが連れ去られたことにまだ気付いていない様子でいるようで、
(まったく、能天気な男だ。何の情報も得ていないらしい)
コルベールは正直、彼の相手をすることを面倒に感じて閉じた心の中で浅い溜め息をついた。
意識すれば止められる溜め息だったが、察しの悪いジムディをわざわざ気遣う必要もないだろうとの判断で無音にだけしておいた。




