114 一時の逃亡
(くそっ。どうする……?!)
十数秒が経過したはずだがミラは冷たく俺を睨みつけたまま銃を向けている。
そもそも俺自身こんな話になる展開を全く予想していなかった。
恐らく俺のために推薦状を書いてくれたテーオバルトもセファもそうだろう。
こうなることがあらかじめ解っていれば、俺が機械都市に来る事自体を最初から止めていたはずだ。
それとも、彼らはミラの話す非人道的なシステムの事を知っていて俺を推し出したのだろうか。
だとしたら彼らもこの件について手回しをした立場ということになる。
(……いや、ちがう。それは……無いだろうな)
俺の直感はテーオバルト達の裏切りを一瞬で否定した。
はなからそのつもりでいたのならこんなに回りくどいことをせずに俺を連れてきただろうし、途中で別行動になることもないはずだ。
治癒団は機械都市の繁栄の裏側にある実態を知らない。
何よりも彼らは人命を軽視し素材にするような計画に進んで加担するような人柄ではなかったと思う。
今俺の目の前で起きていることは、テーオバルトやセファにも知らされていない機密事項なのだろう。
だからミラは厳しい姿勢の中に迷うような表情も見せず黙って俺に武器を突き付けているのだ。
とにかくどうにかしてこの場を抜け出さなければ。
そして一刻も早く治癒団やジンガ達にここで見聞きしたことを伝えなくてはならない。
まして本来の目的であるマグと会うという話を優先したかったというのに、こんな状態になってしまっては。なおのことだ。
反射的に両手を挙げた丸腰の俺をミラは本気で撃つ気はないだろうが、俺もこのままでは彼女から逃げおおせることは不可能だろう。
(考えろ。ここは冷静に……)
一旦頷いて従う振りをし相手の隙をつく。それから風の魔法か光の魔法で一瞬だけでもミラを怯ませ武器を取り上げてしまえば脅威はなくなるだろう。この手でいこう。
「わかりました、ミラさん。そこまで言うなら俺……」
「お取り込み中のところ失礼いたします」
ミラの気を引こうと話し始めた矢先、どこかで聞いたことのある朗らかな男性の声が俺の言葉を遮る。
振り返り見れば、エレベーターがある方から別の二人組が歩いてやってきたところだった。
片方の少女は都市の入り口にあったホログラムで見た桃髪をしたリュワレという女の子で、想像していたよりも小さく幼い彼女を捕まえているもう一人にも俺は見覚えがある。
「イレクトリア?!」
「リュワレ様!?」
俺とミラは驚きほとんど同じタイミングで叫ぶ声を重ねた。
二人組のうちのもう一人は俺も多少知る人物。
王国騎士団の一員イレクトリアが、都市の重役人リュワレを人質にとってこの場に現れたのだった。
「も、申し訳ありません……わたくし……」
氷で作った針のような刃物を喉元にあてられ震えているリュワレがミラに向かって涙声で謝罪すると、ミラは先程までの冷静な態度を崩し、
「何をしているのですか適合体! リュワレ様を解放しなさい!」
イレクトリアに声を挙げる。
「それは構いませんが交換条件はそちらのマグ教諭の解放です。武器を捨てて頂けますか」
リュワレの怯える様子を見て急に焦りだした彼女に対し、イレクトリアは不敵な笑みを携えて言い返した。
少女を盾にして交渉を持ち掛ける。
「従わないとこの娘の喉をかっ捌いて声を奪いますよ」
俺を助けるために脅しているのだろうが、完全に悪役が言う台詞だ。
彼が人魚姫に出てくる深海の魔女ならば声だけでなく交換で与えた両足までもぎ取っていきそうで、適役を通り越したハマり具合である。
「適合体、お辞めなさい!」
「聞こえませんでしたか。では、貴女方の大切なリュワレお嬢様をこの場で汚し四肢を捥いで皮膚を剥ぎ縛って門前に吊り下げても構わないということで?」
ミラの言葉に残念そうに首を傾け、イレクトリアは地獄の餓鬼達も泡を噴きかねない鬼畜の所業フルコースを提案する。
流石の極悪人でもそこまで具体的には口に出して言わないだろうし、涼やかな好青年の唇から飛び出すギャップは凄まじい。
アンバランスなはずなのにジョークに聞こえず恐ろしい威圧感がある。
「リュワレ様に手出しなどさせません……!!」
実際問題むしろ彼の趣味嗜好を考慮したら本当にやりかねないということも俺は身を持って解らされている。
だからこそ余計な口を挟まず逆に冷静になって現状を見守っていられるのだが。
(……と、いうかっ!)
俺を助けようとしてイレクトリアはその台詞を選んでいるんだよな。実演しようなんて企んだりしてないよな。
頼むからそんな血生臭い拷問並べ立てるんじゃなくて、もっと自分の容姿に合わせてクールに穏便に、場を静めるように努めて欲しい。と内心俺まで焦ってくる。
「でしたら早く。さもなくば小娘の内臓で床が真っ赤になりますよ?」
(助けにきてくれたのはいいけどそうじゃないだろお前はまた……!)
妖怪口ダストシュートの隊長からの受け売りにしても言葉が残酷すぎる。
美形で騎士然とした彼がこんなことを言っている所を港街の女性たちが見たらどんな顔をするやら。
そんなことを考えている俺から、ミラは渋々拳銃を突き付けている手を下げた。
「くっ……」
イレクトリアの極悪な台詞が効いてきたらしい。
残忍な男は銃を持ったミラの手をさらに顎で指し示す。
「手から放してください」
「わかっています!」
「先に彼をこちらへ」
言われる通りに武器を捨て箱の向こう側へと蹴って届かないようにする。
その隙に俺もミラから離れてイレクトリアの方へと走った。
「適合体……我々の技術が無ければ自分の術に殺されていただろう貴方がなんとも良いご身分ですね」
「どうとでも。お陰様で快調ですよ」
俺を逃したミラが飛ばす皮肉を鼻で笑い、イレクトリアはリュワレを抱えた腕で俺の服を掴んだ。
「さあ、逃げますよ教諭。赤い靴の物語は覚えていらっしゃいますか?」




