113 強要される救世主
ミラは俺に誇らしげな様子で黒織結晶を利用したエネルギー発生システムを説明してきた。
動画の録画場所は機械都市の地下供給施設。
ちょうどこの部屋の真下に設置されているという巨大な水槽を上部から映したものらしい。
それは、この発展的近未来都市のあらゆる機械を動かし、都市外のいかなる魔法にも匹敵し飛躍するほど便利な生活を約束するための燃料を作り出す画期的な装置。
俺達が通ってきた道で転がっていた二輪駆動の清掃ロボットも、流れていたベルトコンベア歩道も、未来の煙草を売る無人販売機も、レールを走る電車のような乗り物も、エレベーターも。
全ては中枢で日々作り出されるエネルギーによって動作しているという。
それだけではない。
都市の外、例えばファレルの街や大橋を越えた先の王都でも扱われている街灯や通信機、家の明かりもツマミを回せば出てくるコンロの火も、流せば濾過される下水道も。
皆もとの技術を辿れば全て機械都市がもたらしたものであり、それらを使用するための秘術の一つがこのシステムに近しいものによって保たれているものだと、ミラは俺の常識を覆す全てを明かしてきた。
この世界に来てから今まで。
当然のようにあった快適な暮らしは、機械都市が生成するエネルギーによって普遍を保たれていたのだと。
衝撃の事実に俺は絶句するしかなかった。
(何だよそれ……どうりであちこち変な世界観だとは思ってたけど、それってつまり……)
「我々の資源にも限りはありますので。また、水準を維持するためには莫大なコストがかかります。黒織結晶の活用はその問題を解決する糸口になりますでしょう」
「でも、だからってそんなことをしたらこの人たちは死んでしまうんじゃ……」
「マグ先生……」
ミラの説明と例の動画が言葉そのままの意味ならば、箱の中の人々ごと水槽に落として燃料に変えてしまうということだ。
モラルの箍が外された気味の悪い冗談にしか聞こえない。
あまりにも倫理観が破綻している内容に、俺は彼女がまともに話をしているのか信じられなくなってきている。
何かの悪い冗談を言っているのだと思いたい。
だが、ミラは至って冷静で。
俺を真っ直ぐ見詰めているのだ。
(いや。流石に冗談であって欲しかったんだけどな……)
考えてみれば国のやり方すらも可怪しい。
本当にそんなことが認可されているというのならば、国王を疑いたくなる胸糞の悪さだ。
二重にこの世界のことが信じられなくなってきてしまう。
こうなってしまっては彼女の話を最初から聞かなかったことにし、機械都市の何処かで待っているマグを見つけてこんな世界に俺を放り込んだ文句と拳をくれてやり、何食わぬ顔でとっとと魔法学校に帰りたい。
現実逃避気味な自棄を最善だとは思えないが、それ以前に一旦持ち帰って今の話を整理する必要がある。
(でも……)
果たしてそれでいいのだろうか。事は全て解決に向き合っていくのだろうか。
俺がこんな心構えでいて機械都市に集められ箱に詰められた人々はそれで助かるのだろうか。
何か出来ることがあるのではないか。ミラの自慢気な目を見て良心が痛んでいる以上は。何か。
「この人たちの意思はどうなるんです? そんな勝手なこと、寝かされてる間にされるなんて……」
「そうです。ですから……」
自分自身でつい口に出して言ってしまったことに身動ぐ俺にミラは今も冷静で、
「ですから、貴方が彼らを導いてください。彼らは港街での貴方の功績を知っています。これが彼らの役目で救われる方法なのだ、と、結晶の脅威を知る貴方から彼らに伝えて欲しいのです。マグ先生、貴方は……彼らの希望となるのですよ」
淡々と言ってのける瞳に動きは無い。
彼女はいつ瞬きをしただろうか。次はいつするのだろうか。
それすらも忘れさせてしまうほど固いままの表情が俺を突き刺して貫通させ、後ろの影に縫い付けて放してくれない。
「救うって、そういうのは……ちょっと違う。それは救いじゃなくて貴方たちにとって都合がいいだけのただの殺人だ」
ミラの表情に怖気づきそうになる心を奮わせ、俺は喉から出る言葉を絞る。
「駄目です、ミラさん。俺にはそんなことできない。結晶は治癒団と相談して彼らから取り除く……治すべきだ。国王にだって伝えなきゃ。そうすればそんなことしなくたってちゃんと彼らを助けられる」
ここでどういった提案を出してこられても方針を変えるつもりはない。
はっきりとそう伝えて首を横に振る俺の言葉をミラは黙って話を聞いてくれている。と、思っていた。考えを直してくれると。
しかし、彼女の非人道的なお願いは、冷たい空気のまま強要へと変貌を遂げ最悪の展開を迎えてしまう。
「いいえ。貴方に拒否は出来ませんよ。此処からも逃がしません。この計画を聞いて頂いた以上は我々に従って頂きます」
「な……っ?!」
彼女は懐から一丁の拳銃を取り出し俺へ銃口を向けてそう答えたのだった。
いつかビアフランカが真似ていた脅しの振りではなく機械都市製の本物の技術だ。
青いマニキュアを塗った細長い指が、命を奪う武器の引き金に置かれている。
「さあ。マグ先生、彼らの救世主となって頂けますね?」
誠心誠意伝えたはずの言葉は彼女に届かず、俺の予期せぬ状況となってしまった。
もっとも、ミラ自身は最初から俺の意見は関係ないといったような口振りでいたのだが、俺自身それに気付くのが遅すぎたのだ。




