112 画期的な発明
「貴方の魔法については治癒団から先に情報提供して頂いています。不完全であることも存じ上げておりますよ」
ドアを開いたときと同じ動作で眼鏡の弦に触れて小さな光を一つ出し、片手で空中に文字を書くような動作をするミラ。
光の欠片は丸められた紙のように広げられ、その場所に俺の顔と横書きに文章を連ねた画面が表示された。
パソコン上に開いたウィンドウのように彼女はそれらを指先で入れ替えて操作する。
彼女は俺がテーオバルトたちに話した内容を確認しているのだろう。
テーオバルトは黒織結晶を除去する魔法を研究し編み出したのはマグだと言っていた。
そのことはミラにも伝わっているはずだ。
「マグ先生……眠っている彼らではお話することができませんので、彼らについての話は私からさせていただきます」
画面から一旦こちらを向き、落ち着き払った声でミラは続ける。
「まず、彼らは貴方がたと同様王国に住まう一般人です。種族や職業、年齢性別、体に結晶が発生した日などに一切の統一性はありません。機械都市へは国王の認可のもと、王国騎士団・金鷹隊によって搬送されてきました」
彼女の言葉の節々に何となく違和感を感じているが、まだ決定的に言い返せることはなさそうだ。
俺は黙って相槌を打つ。
「ご存知の通り、結晶は魔王が残した災厄です。人や生き物を苦しめ狂わせて魔のモノへと変容させる恐ろしい存在でしょう……」
黒織結晶がファリーに与えた驚異は間近で見、実際に対峙してきた。
絵本やおとぎ話の中にいた温厚な港街の守り神を狂暴な魔物へと変貌させ、彼女の意思を乗っ取り体を操った。
同様のことが箱の中の人々にも起きうる可能性があるということをミラは話しているようだ。
(いや、それは違う気がするな……)
だが、彼女の言い方にやはり俺には引っ掛かっている点があった。
ファリーが俺に記憶を使って見せた魔王の姿だ。
俺もそれを見せられるまでは疑いを持つことはなかった。
ファリー自身が魔王に対して持っていた感情を知るまでは、俺も全て魔王のせいで彼女が苦しんでいるのだと思い込んでいたのだ。
「魔王が残した? だけど、魔王ミナリス自身も結晶には苦しめられていたんじゃないかな……」
「……なんですって?」
「俺が見た魔王は体中結晶に侵されてろくに身動きがとれる状態じゃなかったんですよ」
俺はあの時ファリーが見せた魔王の姿を思い出しミラに伝える。
「魔王も結晶に侵されていた?」
彼女は空中で操作していた手を一旦止め、俺の方を見て表情を変える。
ようやく人間らしい反応をしたかと思えば、その顔は俺の欺瞞を憎むような、信じられないといった表情と困惑で曇っていた。
画面に表示されている俺の情報には「魔王討伐に参加していたマグのこと」も記載があったのだろう。
嘘ではないか疑っているというよりも、残念な報せを聞いたときの顔でミラは尋ね返してくる。
「……では、魔王が根源でないというのなら、結晶は何処からもたらされたと仰るのですか?」
「それは……」
────だめだ。
どう答えればいいのか解らない。これ以上の明確な情報が今はまだ無い。
ファリーが残してくれたヒントはそこまでだった。
はったりや憶測で言うことも出来るだろうし、妙な頭痛に発言を止められるようなことも今のところはない。
けれどもここで曖昧な発言をするのは会話の発展にならないだけで済むならまだしも、ミラたちが管理しているという箱の中の人々にも関わってくる可能性がある。
この場で迂闊なことは言えない。
「解らないのですね?」
俺の返事を待たずとも、ミラは表情から読み取ったらしい。
あっさりと告げて話題の終わりを提供してきた。
彼女は表示していた手元の画面を俺が見えるように向け、話をもとの軌道の上へと戻す。
「マグ先生。既に死した魔王のことよりも、現在考えるべき事は現存する黒織結晶についてです。最初に述べた通り、貴方には我々の計画に手を貸して頂きたいと思っています」
「計画って? 治療じゃないのか?」
画面を覗くと、入り口で見たホログラムや電光掲示板よりも遥かに解像度の高い写真が映し出されていた。
中央で異様な存在感を放っているのは丸い囲いがされた超巨大水槽。
青白い水が貯まったダムのようにも見え、鉄の囲いの縁には太細無数のコードが床を埋め尽くしながら繋げられている。
何に使うのか検討もつかない奇妙な機械の写真を見つめていると、
「こちらは黒織結晶を燃料にする発明です。まだ実験段階ではありますが、いずれは燃料電池たちにもとって代わるエネルギー源となる画期的な装置ですよ」
ミラが淡々と説明をし、次の写真に切り替える。
今度は図式のようなものと機械の展開図らしき物が並べられており、小さな別画面で長方形の鉄箱を水槽の中に投入する動画が添えられていた。
「燃料……エネルギーってまさか……この人たちを? この機械に入れて発生させるものなのか?!」
「さようです」
俺が驚いて声を裏返らせることが不思議だとばかりにミラは頷く。




