110 言い知れぬ先へ
窓のある廊下から奥へ進めば、華美過ぎず小綺麗な壁紙が貼られた部屋。
客間であろうそこで話が始まるのかと思えば、そうではなく。
仕切られた部屋をいくつか過ぎて更に先へと進む。
部屋から部屋へ渡る道のりは決して難解な造りではない。
近付くとセンサーが反応して開く自動扉を潜り、在り来たりな屋内を何個も跨いで行くだけだ。
進んでいる間に会話はなく、白衣のミラも防護マスクのシアンも全く俺達に興味が無いような雰囲気だった。
不審そうに辺りを見回しているのは俺の隣のユーレカと、おそらくカゴの中で彼女の真似をしているであろうメナちゃんだけ。
前を歩く人間は人であることに間違いはないのに、どこか無機質でロボットのようで、最先端テクノロジーが生み出した新型アンドロイドだと言われても信じてしまいそうだ。
「…………」
こちらから話し掛けようにも適当な話題が浮かばず、いまひとつ声が掛けづらい。
堅物そうな印象があったテーオバルトでさえ俺らと歩いていた時は気を遣って雑談を交えながら歩調を合わせてくれていたのに、彼女らにはその気がさっぱり無いみたいだ。
俺は都市に入る際に出迎えてくれたリュワレのホログラム映像を思い出す。
実際に無機物だったあれよりもさらに冷たい印象をミラ達からは受けるばかりだった。
今さっき別れたばかりなのにジンガやカナンのように言い合いの出来る人物が恋しくなってきてしまうほど、彼女らには血の通った人間の気を感じない。
とはいえ暫くしてこの状態にも慣れてくると、俺もユーレカも無駄話をするまでの威勢を無くしていたし、そんなことを考えるだけ無駄なのだと悟っていた。
それはまるで、機械都市という土地の縮図のようにも感じられる。
利便性を追求し揃えられた街並みに、真っ直ぐ平らに舗装された道路。
道の清掃や整備は機械が行い、植え込みも存在しなければ草花の息吹も埋め立てられた地面。
此処には港町のような市場通りは無い。
キャンバスを抱え背景を切り取りに来た自由な画家も、欠伸をして前肢を舐めている猫の一匹もいない。
商売に精を出す大人も、ふざけあって走り回る子供も、角でお喋りを楽しむご婦人の姿も見られない。
快適な暮らしの為に極限まで無駄を省き、人と人との繋がりに意味を持たない銀色都市の住人たちは、出歩く機会すらも省略しつつあるらしい。
通りがかった都市の居住区はしんと静まり返り、音がするものはといえば、合成音を発しながら徘徊する機械や、近付くと音声案内を始める電光掲示板や自動販売機くらいなものだった。
そこに来て俺が初めて出会った機械都市の内側の住人が、今前を歩いているミラやシアンだ。
街の様子からして、住人がこの態度になることにも納得せざるを得ない気がする。
彼女らは技術の進歩を受け入れていった未来人の通過形態なのかもしれない。
(……奇妙な部屋、だな……)
そうして俺達が着いた場所もまるで異空間だった。
連続していた何気ない景色ががらりと変わり、踏み入れた足が思わずすくむ。
段々変化するものではなく突如として、狭い視界を暗い灰色が支配し、それからすぐ灰と対極の真っ白な光が浮かび飛び込んできた。
機械都市に来てからというもの近未来的イメージの風景は外壁やビルの街並みでも散々見てきたのだが、それらと同じかそれ以上に無機質な銀色の壁が続く奥地。
天井にはやたら大きな真四角のライトが何個もはめられていて、足元まで隙間なく照らしている。
影が出来ないほど明るい空間。
ここまで照らす必要は無いのに、と感じるほどに強い光線に見下ろされる道は異様なほど眩しい。
何百ものサーチライトを一斉に浴びるような感覚で、ずっとここに居たら目玉が焼き焦がされてしまいそうだ。
俺は逃げるように床に視線を落とした。
「ところで、マグ先生。失礼ですが、そちらの方は?」
「あっ、どうも。私マグ先生の助手のユーレカですっ」
ここまで来て今更ミラに存在を認識されたらしい。
無言で先導していた彼女に話を振られ、俺が応えるより先にユーレカが小さく片手を挙げて返事をした。
「助手……そうですか。推薦状にお話は無かったようですが、まぁよいでしょう」
取って付けた助手という肩書きを怪しまれず、ほっとして俺とユーレカは視線を交わす。
どこかで話題が振られた際にもほつれが生じないように、彼女とは出発前に打ち合わせをばっちりしてきた。
ユーレカにも俺の魔法や黒織結晶のことなど、知りえる情報の全てをあらかじめ伝えてある。
万が一の時でも冷静に、互いで助け合おうと約束をしてここまで来た。
助手の肩書きも確かに怪しまれなかったのだが。
「それでは、ユーレカ様はこちらでシアンとお待ち頂けますか」
「えっ」
地面を眺めながら壁伝いに歩いた道の突き当たり、脇で待っていたエレベーター乗り場に到着するなりミラはそう言った。
「シアン。貴女はこちらで彼女と待機を」
「……」
返事はせず、手袋をつけた片手を挙げてシアンは御意を示した。
「ええ! なんでですか~? 私、助手なのにーーっ!」
「ぴぴょぅ……?」
怪しい被り物をしている彼女にユーレカを任せ、俺とミラはエレベーターに乗り内部の下階へと進んでいく。




