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ロストスペル  作者: 海老飛りいと(えびトースト)
第1章.記憶喪失と竜の子
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10 疑い深い少年


いつ組み付いて来てもおかしくないほど俺を疑いの眼差しで見続けている少年。

対照的に糸目の女性はとぼけたように笑い掛ける。


「お財布を持っていなかった……と。あら、そうですか。それは大変でしたね。おいくら必要なのですか?」


「お恥ずかしながら。飲食代で20000と、あと……」


「そんなにですか? まぁまぁ。どうしてそんなに。仕方ないですねぇ。どうぞお持ちになってくださいな、マグ先生」


俺が答えると早速自分の財布を手渡してくれた。

布を掛けたシンプルな白い長財布だ。


「ビアフランカ先生。見知らぬ人にお金を貸すんですか?!」


間に入る当たり前の突っ込み。

そういえば常識人なアプス君が俺たちの隣には居たのだった。


「いいえアプス。見知らぬ人ではなくてマグ先生でしょう? 駄目ですよ。折角お戻りになった先生にそんな態度をとっては」


ビアフランカはおっとりとした口調で言い返す。

この人は天然なのか惚けているのか。

協力的なのは助かるのだけれど、普通の反応をする普通の少年の方は許してくれない。


「何言ってるんですか先生。マグ先生は亡くなったんでしょう? この男が先生なわけ……」


「私には彼がマグ先生にしか見えませんが……そうですね。納得がいかないのであれば、アプス。貴方が彼に付いて一緒にスーを迎えに行ってはどうです?」


小さく首を傾け俺に合図するビアフランカ。

俺もごく自然体を装って苦笑いを返す。

アプスはビアフランカに肩を撫でられて俺に一歩近づくと、


「わかりました。僕が同行させて頂きます。不審な行動をしたら問答無用で貴方を斬りますから覚悟してください」


そう言って真っ直ぐに俺を見上げた。

彼も彼なりに頑固者という性格が全面に押し出された真面目な台詞だ。

どこか抜けたような雰囲気を持つスーやビアフランカよりも、しっかりとした緊張感を持って接してくる彼こそが一番一般的と言える思考を持っているのを感じる。


彼のそんな性格は俺がこの世界にとってイレギュラーだという感覚や、マグという人物がこの世にはもういないのが正しい認識なのだということを思い出させてくれた。

もし、彼がいなかったら女性たちのペースに危うく飲み込まれてしまいそうだ。


「ああ。よろしくね」


俺が相槌を打つとアプスはすぐに踵を返した。


「シグマさんの店ですよね?」


「知ってるのか?」


「港では有名な高級料理店ですよ。この辺りでその金額ってことはそこくらいしか考えられませんので」


半信半疑しているからだろう。

アプスの敬語はどこかぎこちない。


「どうして財布も持たずに店に入ったんです?」


「それが……」


「アプス。あまりマグ先生を困らせてはなりませんよ」


小さく手を振って二人を見送るビアフランカの言葉に短い会釈をし、彼女を後に歩き出す。

彼女の言葉を聞いていなかったように、続けざまにアプスは俺に問い詰める。


「ありえないですよね?」


「店に入るまでのことを覚えていなくて、気付いたら店でスーと一緒に座ってて……」


「はぁ」


正直に答えたところで余計に怪しまれるのはわかっているが、本当のことを言うしかない。

自分が何者かわからないが、体だけが彼らの知る者だなどと言ってしまったら、彼の剣に即座に真っ二つにされる可能性だってある。

スーとの会話とは違う。

真面目なアプスを刺激するようなことを言わないよう気を付けなくては。


「全然答えになってませんよ。そういうところがお人好しというか……おおかた、ストランジェットにねだられて良いものを食べさせてあげたかった。とか言うんでしょう?」


「はは。まぁ、そんなところかな……」


彼が認識しているマグとストランジェットとの関係も悪くないものらしい。

勝手な想像をし、呆れたような息を吐いて前を歩くアプスに俺も合わせて軽く笑い頭を掻く。


「あいつばっかり贔屓するのはやめてくださいよ、先生。僕だって……」


振り返らずに注意めいた言葉を投げ掛け、彼は途中でハッとなった。


「……まぁ、僕は貴方がマグ先生だなんて信じてませんけど」


そして、言い換える。

さては俺のことを「先生」と呼んでしまったことを気にしたな。

彼は常識的で生真面目ではあるが、歳相応の子供だったようだ。

その言動に俺の表情が綻んだことに気付いたのか、俯いたかと思えば彼の先を行く歩幅が狭く速くなった。

図星だと肯定するように足音が石畳の上に響く。




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