108 再会は突然に
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行く道の四方、振り返ってのプラス八方。全方位。
機械都市の内側は天鵞空のせいで天気の変化もなければ、朝と夜の境目も存在しないとのこと。
何処もかしこも似たような風景が巻き戻しで出てくるように繰り返し続いていて、入り口から一体どのくらいの距離を歩いて来たのかわからない。
こんなことならば時計でも用意してくるんだったな。と、俺が思い始めた頃、
「マグ先生。それでは、ここでお待ちください。また後ほど」
「ああ。ありがとう、テーオバルト」
俺達は目的地であった中心区へと到着した。
遠くから目印として見続けていた、水平な街並みから頭を出す高い鉄槍のような塔。
歩いて移動しているうちは遥か先に聳えていたものと思っていたが、ベルトコンベアのような動く歩道と幾度か乗り継いだエレベーターのお陰で高台まではすぐだったような気がする。
例えるなら地下鉄から地上への乗り換えホームを移動する時のような、妙に余裕がある順路を階段の人の波に任せて行くだけ。
初めての道にも関わらず、通い慣れた通学通勤路のような感じだった。
俺たちは塔の中でテーオバルトと一時的に別行動となった。
彼は彼で駐在している治癒団や機械都市の医療関係者らとの用件が他にあるらしい。
地上から高さ30メートルほどの階層にある透明な窓が張られた廊下で彼と別れ、俺はユーレカと二人になったのだった。
「うっひゃあーー! 都市の中、こっから一望できますよ! マグ先生! 人がごみ……ではないですけど、ちっさいです!」
「ぴょーーい!」
ユーレカとお供のメナちゃんは相変わらずだ。
目に映る物一つ一つに反応出来る高めのテンションを保ち続けている。
硝子の向こう、グレーの碁盤のようになっている区間を見下ろし景色や人影が遠くなったことにまたはしゃいでいる。
マイペースな彼女たちの体力が俺は羨ましくなってきた。
少し疲れた俺には高所から下を覗き込める元気は無かったから。
「ユーレカ、そこ怖くないの? それに俺、何度も言ってるけどこれは遠足じゃないんだよ」
「全っ然平気です。それだって何度も言われてますからわかってますって~~」
テーオバルトの話によれば、俺が面会をする人物とは此処で待ち合わせることになっている。
壁の目の高さに設置されていた通信機を使って呼び出してくれていたから、少し待っていれば来るだろうとのことだ。
ビルや居住区、灰色一色の都市を見下ろす気分は全てユーレカに預け俺は静かに約束の人物を待つ。
「あっれ? あれれ? なんだったかな……あの人、何処かで……」
「今度はどうしたの?」
「何だか見覚えがある人があっちから来るような……?」
落ち着きの無いユーレカが廊下の方を向いて目を細める。
彼女が示す方向に目をやると、
「うん……?」
確かに誰か、向かいから歩いてくる人の容姿には俺も見覚えがあるような無いような。
判断がはっきりできないのは、遠望が記憶している人物には近しいのだが何処か特徴が合致しない点が気になっているからだろうか。
「あの人、マグ先生のお知り合いです?」
「うーん。いやぁ……? 違う……あっ、そうかも?」
白髪混じりの金髪をオールバックにし、背広を着込んだ男が大股でこちらへ歩いてくる。
元々が厳つい彼が今回はまた絵に描いた極道の親分のような風貌をしていることに、俺は思わず噴き出してしまった。
「ぷっはは。ジンガ? なんだよその格好」
「あン? 『さん』か『隊長』を付けろや。クソ先公」
顔の認証一致が遅れたのは、彼がトレードマークの無精髭やよれた染み付きシャツでいなかったことが原因だ。
普段の風体とは逆の、綺麗に仕立てらたお上品な礼服なんて着ているからわからなかったのだ。
似合わないにもほどがある。
ある意味では似合い過ぎてもいるのだが。
「別にあんただって俺を名前で呼ばないだろ」
「口応えしてんじゃねぇぞ。ブン殴られて外に放り出されてぇのか? テメーは」
「それより、服、髪……何で?」
「うるっせぇな!? しゃーねぇだろ。俺だって好き好んでこんなカッコしてねェよ!」
俺の言い返しに一々また汚い言葉で返し、笑いながら乗ってくるジンガ。
語気が荒々しいのは元から。
今の彼は本気で怒っているわけではなく単に俺とじゃれあっているような感覚だ。
ファリーの一件があって以降、俺は騎士団でちょっとした有名人になると同時に彼とも多少友好的になっていた。
一度きりではあるがあの場で共に戦った銀蜂隊の面子との夕食に付き合ったこともあり、その時はジンガも気前よく奢ってくれた。
イレクトリアの嘘発見器まで仕掛けられて疑われていたことは隊長の口からではなく別の隊員から詫びられたし同情もされたが、その際に隊長が俺のことを気にいっているだとかいう話も出されたほどだ。
俺も以前のように彼の見掛けに押されて無駄に謙遜をしたり怯えるような顔はしない。
言葉筋の遠慮などはもっとしない。
それらに配慮する必要が無く、代わりに今の俺にはジンガが太鼓判を押す度胸があるのだから。
当たり方も随分と和らぎ彼と俺とは軽口を言い合える仲にまで発展していたのだった。
「教諭、お久しぶりです。隊長もその辺にしてください」
「カナン。君までその服装……」
「機械都市の代表との接見のための正装です。これ、上部の指示なんですよ」
エスカレートし始めた俺達を割って止めたカナンもジンガと同じように整えられた服に身を包んでいる。
近未来的背景に合わせたようなビジネスウーマンスタイルの彼女はいかにもデキる女っぽい。
やんちゃな不良紛いのジンガとは違ってよく似合っていた。
俺が彼女の姿を見るのはあの夜の戦い以来だ。
ミレイが言っていた通り、一度形を失ってしまったが今は人の形に戻って俺達と話している。
意外と元気そうで良かった。
カナンの強気に髪を掻き上げる動作を見て俺は心底安堵した。
ジンガにとって品格ある装いはやはり窮屈らしい。
俺の前に来て片手で乱暴にネクタイを外し、胸元のボタン上三つを開く。
そうそう。こんな感じだ。シャツががばっと開いていて、細かい傷付きの胸板。
これでようやく見慣れたいつものジンガになった。
「それよか先公。何で此処に居やがる。ああ、やっぱりいい。そんなこたァどーだっていい。興味ねぇわ。……お前、どっかでウチのクソ副隊長見てねェか?」
「イレクトリア? そういえば一緒じゃないんだな」
確かにミレイからは隊長と副隊長、カナンの三人で出掛けていると聞いていた。
大概行動を共にしているはずなのに、此処には嫌味なほど顔の良い優男の姿が見当たらないではないか。




