2-9 あ~あ。バレちゃったかぁ
「でも、そんなのどうやって見分けるんだ?」
「見分け方は分からないけど、とりあえず全員アリバイは無さそうね」
一応、全員が寝静まっている間に事件は起きたことになる。個別に部屋を与えられている以上、アリバイは成立しない。
「だから、見張りが怪しいだろうが」
「ちょっと!本当に知らないんだってば」
光の糾弾に渚が待ったをかける。
「少なくとも共犯は無いと思うわ」
「なんで?」
疑われている修太郎自身が尋ねる。
「共犯なら『二人とも起きていたけど音に気づかなかった』とか言えばアリバイは確保できるもの。信用性は別として、そうしない意味がないよ」
「確かにそうだな」
真守が同意する。
「まぁ二人が度を越した馬鹿だった場合は別だけど」
「何ですって?」
「そりゃ、テストの点はそんなに良くないけどさぁ」
修太郎の返しがいつも通りであることから、鳴は彼に精神的動揺が無いことを理解する。
「つまりどうするんだ?鳴」
「アリバイの点から攻めることは無理って事。もう少し死体と周辺の状況を調べるわ」
そういうと鳴は、哲也の死体を少しどけて、先ほど調べられなかった部分を調べてみる。
地面が窪んでいるところがある。ここに頭を打ち付けたのだろう。
そこで鳴は考える。
もし哲也が眠らされていなかったならば、犯人の顔を見ている可能性が高い。さらに即死でないならば、何らかの手がかりを残していてもおかしくはないのだ。
そう思い、ダイイングメッセージを探し始めたその時だった。
「あ、あの……」
渚が声を震わせながら発言する。
「わ、私、私……」
声どころではない。体も震えている。
「わた、わた……」
鳴もただ事ではないと判断し、調査を中断すると、渚の方へ近づき肩を掴む。
「ヒッ!」
「落ち着いて、漆原さん」
「ほ、ほう、蓬生さん、わた、私……」
渚は恋敵であるはずの鳴の体に抱き着いてきた。鳴の胸の中で涙を流して震えている。
鳴に限らず、一同には何が何だか分からない。ただ事ではないという雰囲気だけが伝わって来た。
「おい、何なんだ」
真守が突破口を切る。
「まさか、お前がやったのか、漆原」
光が問い詰めるような口調で尋ねる。
「違う!そうじゃなくて!」
自分の信用が危ういとなれば震えてもいられない。渚は鼻水を垂らしながら大声を張り上げた。普段の美貌は欠片も見られない。
「じゃあ、なんなんだよ」
「知ってるのよ!犯人を!」
「えっ、マジで!?」
修太郎が驚く素振りを見せる。
「ほ、本当なの?」
鳴は半信半疑である。
「ほ、本当よ!私の前で自白したんだから!」
「じ、自白ぅ!?」
そんな衝撃の展開を潜り抜けて、彼女は生きていると言うのか?正直、信じられないという表情を浮かべる一同。
「で、誰?誰?」
パブロフの犬の様に修太郎が渚に近寄り、告発をせがむ。しかし、
「嫌ぁ!」
渚が両手で修太郎を突き飛ばした。
「あ痛!」
相当な力を入れられたのか、修太郎は背中を地面にぶつけてしまった。
「ちょっと、何してるのよ!」
鳴が修太郎を抱き起す。
その一連の様子を見ていた光が気づき、青ざめる。
「おい、まさか」
真守も目を見開いている。渚が誰を告発しようとしているのか。その答えが行動に出ていたからである。
「七里君よ」
一同は声も出ない。シン、とした冷ややかな空気が漂う。
「七里修太郎君が、犯人。最悪の殺人鬼よ!」
鳴が渚の両肩を掴み、物凄い形相で問い詰める。
「そんなわけないじゃない!いい加減な事を言うな!」
「いい加減じゃない!昨日ハッキリ、彼の口から自白を聞いたもの!」
「嘘よ!じゃあなんであなたは生きてるのよ!」
「し、知らないわよ!」
確かに修太郎が犯人であるなら、渚が生きているのは至極不自然な事である。自白を聞いた渚を殺さずに、容疑者の最右翼である哲也を殺す?自分の不利になる行動ばかりではないか。
「修太郎!どういう事なんだ!」
「俺が聞きたいよ、そんなの」
鳴は修太郎を観察した。焦りの様子は、微塵も見られない。やっぱり、そんなわけがない。そんなことが、出来る男ではない。
「修太郎は知らないそうだぞ、漆原」
渚の顔が青ざめる。修太郎の疑いが晴れれば、今度は自分が疑われる番である。
「ちょっと!本当のことを言いなさいよ!」
「ん~?何の話か分かんないよ」
「昨日、私が睡眠薬で眠る直前に言ったじゃない!『俺は犯罪者』だって!だから蓬生さんとは一緒になれないって!」
「は、はぁ?」
いきなり自分が話に登場したので困惑する鳴。だが真守と光は、少しだけこの話に信憑性を見出していた。
「咄嗟に考えたにしちゃ、筋が通ってないか、鳴?」
「え?」
「俺には嘘を言ってる様には思えない」
だが、鳴は必死に首を横に振る。
「私には、作り話にしか思えないわ。その後の結果の辻褄が合っていなさすぎる」
「そんなことは知らないわよ!」
「それに嘘をついてるにしてはシュウちゃんが落ち着きすぎてると思わない?証拠にはならないけど」
「まぁ、そうだよなぁ……」
光はもう話について行けない様子である。
「とにかく、信憑性が無さすぎる話だわ。鵜呑みにはできない」
「そ、そんな!命が懸かってるのよ!?」
確かに、この必死の様子を見れば彼女の証言も信用できなくはないが、迫真の演技という事もある。
ともすれば、彼女は犯行現場に入れる鍵を持っていたのだから、素で犯行が可能な人物でもある、
「捜査を続けるわ。真守君、手伝って」
「ああ」
腹ばいになって動いたような跡が残っている。即死では、恐らくないだろう。犯人の手掛かりを何か残していればいいが…。
「ん?」
爪の間に土が入っている。苦しみながら地面を引っ掻いた姿を想像し、鳴はまた涙が出そうになった。
だが、土が挟まっている部分が右手人差指だけだと気づくと、泣いている場合ではなくなった。
「真守君。死体を一旦移動させたいんだけど」
「何故だ?」
「いいから!」
「……分かった。神崎」
「え、何?」
光は我関せずと言った様子で、静観を決め込んでいた。
「俺が頭を持つ。お前は足を頼む」
「あ、ああ」
光は哲也の足を掴んだ。
冷たい。そして、硬い。関節が全く動かない。
――まるで氷……。これが、死か!?
「うわぁっ」
光は哲也の体を投げ出してしまった。これに真守が激高する。
「てめぇ!何やってんだよ!」
「だ、だって、だって……」
「神崎君、恐いのはわかるけど」
「こ、恐がってなんかいねぇし!」
女の子に図星を突かれたことで、プライドが何とか光に任務を遂行させた。
「はぁ、はぁ」
光はもう息を切らせている。朝から疲労がピークに達していた。
「ありがとう」
「お、おう。余裕だぜ」
鳴は死体で隠れていた部分を注意深く観察する。
「何かあるのか、鳴」
「何が出るかな?」
現状で一番疑わしい修太郎は何故か楽しんでいる様子である。
「あった!」
俯せに倒れていた哲也の腹の部分に、明らかに指で書かれたと思われる文字が存在していた。擦れていたが、十分読める状態を保っている。
恐らく、犯人にメッセージを消されないために自分の体を覆い被せて隠したのだ。哲也の機転であった。
「でも、何だこれ」
光が覗き込む。
カタカナの『メ』と『リ』に、もう一つ文字が書いてある。『ン』のようにも見えるが『ツ』の様にも見える。書きたかった文字を書き切れなかった様にも見える。
「……メリケン?」
渚が震える声でそう言った。
光と真守、そして鳴は、その言葉が指し示すであろう人物の方を、一斉に振り向いた。
修太郎である。
「え、俺?」
「お前以外に誰がいる?」
「もしかして、これのこと?」
修太郎はズボンのポケットからメリケンサックを取り出した。
「決まりだな」
「ま、待ってよ!そんな稚拙な解釈でいいわけないでしょ!」
修太郎に対する糾弾の雰囲気を感じ取り、鳴は焦った。彼女を除く三人が、修太郎を拘束しろと目で訴えている。
「浅知恵すぎるわ!だいたい、自分の体で隠してるんだから、もっと分かり易いワードを書くはずでしょ?」
「犯人に見つかる可能性を考慮したんだ。それぐらいわかってるだろ?」
「ぐっ……」
正論だった。だが、ダイイングメッセージだけで犯人と断定させるわけにはいかない。
「シュウちゃんが犯人なら、漆原さんの話が本当だったってことになる。それならなんで漆原さんを殺さないのよ!」
明らかになってない謎を投げかける鳴。だが。
「知るかよ、殺人者の気分なんて」
こう言われれば終わりである。
「修太郎が犯人なら、昨日いきなり監禁に賛成したのも頷けるな」
「だったら、甲斐谷君の時だってそうするはずよ!」
「そう思わせる事が狙いなんじゃないの?」
ああ言えば、こう言われる!
もう何を言っても無駄なのか。これが時勢というものなのか。
もう、本人の釈明を聞くしかないのか?
「修太郎、どうなんだ?」
聞いたのは、真守である。鳴にはどうしても聞くことができなかった。
「………」
修太郎は腕組をして目を瞑る。
そしてゆっくりと再び瞼を開くと、鳴、渚、光、真守の順に一人一人の顔を数秒間見つめた。
さらに数秒空を仰いだ後、ようやく口を開く。
「あ~あ。バレちゃったかぁ」
渚と光が後ずさる。真守は眉間に皺を寄せ、修太郎を睨み付けている。
鳴は、地面と睨めっこをしている。
「ま、いいか。三人も殺せたし。イェイ」
修太郎は醜悪な顔で、醜悪なVサインを作って見せた。




