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探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
13/25

2-3 カイザーナックルとも呼ぶんだけど

「た、他殺!?」


 捜査の結果を伝えると、三人は全く同じ反応をした。反論の姿勢も見せたが、論理的に根拠を伝えると納得したのか、黙り込んでしまった。


「じゃあ、この中に殺人鬼がいるってことじゃないか!」


 光が驚愕の事実を認識し、絶叫した。涼を拘束して安全を確保した気でいた一同である。この反応は当然と言えた。


「冗談じゃない!人殺しと一緒になんかいられるか!」

「待って、神崎君。バラバラになると各個撃破されかねないよ」


 鳴が部屋に行こうとする光の手を握り、しぶしぶ食堂に留まらせる。


「じ、じゃあ、どうするんだよ」

「ここで犯人を特定するしかないんじゃないの?」


 渚が無茶な注文をする。鳴の手元にはまだ特定できるほどの情報は集まっていないのだ。


「無茶言うなよ。鳴は神様じゃないんだ」

「でも、捜査したならある程度は分かるんじゃないの?」

「まぁ、怪しいのは……」


 鳴が哲也と光に視線を向ける。普通に考えれば、見張り役を任されていたこの二人以外に部屋に入れる人物はいないのだ。


「ちょっと待てって!俺はやってない!」


 光がまた冷静さを失い出した。こうなることを見越して鳴は発言を控えていたのだが、渚のせいで(というのは流石に無責任かな? と鳴は思ったが)面倒なことになってしまった。


「お、俺だってやってないぞ! 死体を見つけたのは神崎だろ! 俺はその時は自分の部屋にいたんだ!」


 哲也も必死に自分の弁護を始めてしまった。この反応に鳴は慌てた。犯人を特定しようにも、こうなると情報を引き出すことは難しくなる。


「二人とも落ち着いて」

「俺じゃない! 信じてくれ、蓬生!」


 光は縋るような目で鳴を見る。


「分かったから、ちょっと」

「神崎に決まってる! 見張り番しか中に入るチャンスは無いんだからな!」


 哲也は自分の優位を決め込んで光を責めたてる。普段気弱な哲也には珍しい態度だった。自分が犯人だと思われてはまた拘束されかねないためか、全力で批難している。


「ふざけんな!お前が自分の番の時に殺したんだろ!」

「何だと!」


 二人が掴み合って喧嘩を始めようとした、その時だった。


「……おい」


――ドォン!


 凄まじい打撃音が食堂に響き渡り、驚いた哲也と光の動きが止まった。


「落ち着こうよ、二人とも。鳴が困ってるからさ」


 修太郎の言葉を聞いた二人が振り返ると、鳴は今にも泣きそうな顔をしていた。

 彼女に去来するのは残念、後悔の気持ち。この旅行は思い切り楽しんで、受験シーズンを含めた二年分の思い出にするはずだったのに、現実はどうだ。普段は仲の良いクラスメイト同士が喧嘩をして、殺し合う。こんなはずでは無かった。その悲しい思いが水となり、鳴の頬を伝う。


「わ……わかった。落ち着こう」


 光は落ち着いたが、哲也はまだ興奮が冷めていない様子だった。フーフーと息を荒げながら、光を睨みつけている。


「おい修太郎、それ何だ?」


 真守は修太郎が拳に嵌めている金属製の道具が気になった。


「ん、メリケンサック。知らない? カッコよく言えばカイザーナックルとも呼ぶんだけど」


 メリケンサックとは、拳に装着することでパンチ力を強化するための、護身用の武器である。先ほどの打撃音は、これを装着した修太郎が机を殴った音だった。修太郎の目の前に見える机の一部分は、無残にもへこんでしまっていた。


「あーあ、怒られるかな? これ」


 シャレにならない威力であった。あれがもし人間の顔だったら……と思うと真守はゾッとした。


「ひっでぇ事しやがるぜ。このスポーツオタクが」

「男の必携アイテムだよ。真守は『Ringに賭けろ』、読んでないの?」

「知らねぇよ。だいたい何でそんな物騒な物持って来てんだ」

「熊が出たら倒そうと思って」

「お前なぁ……」


 しばらく続いた二人の会話はどんどん脱線していったが、結果として空気を和ませる好結果を生んだ。鳴もクスりと笑い、沈んでいた気持ちを持ち直す。


「さてと、鳴。これからどうするのさ?」


 殺伐さが消えたところで、修太郎が話を戻す。


「そうね。ちょっと推理を整理しようか」


――ありがとう、シュウちゃん。


 鳴は修太郎に向かってウィンクをして感謝の意を示したが、修太郎は気づいていないのか無視をしたのか、何も反応を示さなかった。クルクルと、メリケンサックを指で回転させて弄んでいる。


「確かに他殺には間違いないんだけど、それを踏まえると現場が不自然すぎるのよね。荒らされた形跡が全く無い」

「だから自殺だと思ったんだがな」

「でも、証拠があるから他殺である事実は揺るがない」


 鳴は改めて真守の自殺説を否定した。


「だから、甲斐谷君は抵抗できない状態で殺されたことになるってことね」

「抵抗できない状態?」


 光が不思議がった。


「紐でしばったりするってことか?修太郎が好きなやつ」

「こらこら、俺は縛りプレイは好きじゃないよチミぃ」

「おいお前ら、この状況で……」


 真守は咎めかけたが、せっかく和んだこの場をまた緊張させるのも不味いと思い、口を紡いだ。渚は苦笑いしている。


「オホン」


 鳴が咳払いをすると、笑い声が止んだ。


「手足に縛った跡は無かったことから、拘束されていたわけじゃないと思う。ベッドじゃなくて布団だから、縛るところも無いしね」

「じゃあどうやって?」

「睡眠薬よ」


 思ってもいなかった方法にざわつく一同。


「哲也君、神崎君。見張っていた時間はどれくらいなの?」


 哲也と光は顔を合わせると、


「最初の当番が羽柴で、午後三時くらいから一時間。次に俺が一時間。後は羽柴、俺の順番で一時間ずつ。発見したのはその時だ」


 光が答えた。哲也も頷いている。


「ありがとう。中を覗いた時はどんな様子だったか覚えてる?できれば時間も」


 哲也がこれに応答する。


「お、俺が最初に見た時は、持ってきた雑誌を読んでた。時間は三時半くらいかな」

「俺も四時半くらいに見た時は、雑誌読んでたぞ」

「真守君、私達が返って来たのは何時ごろか覚えてる?」


 尋ねられた真守は「う~ん」、と唸ってから、


「神崎が見張りをしてたから、四時から五時の間ってのはわかるんだけどな」

「四時四十七分だよ」


 修太郎が時刻を覚えていた。


「本当かそれ?」

「たぶん」

「ああ、でも俺が最初に様子をみてから少ししてお前らが帰ってきてたから、きっとそれで間違いないよ」


 光の言質を得たため、真守は納得した。


「で、羽柴君が次に見た時は?」


 渚に聞かれた途端、哲也の体がビクッと動く。


「どうしたの?」

「い、いや……」


 見るからに怪しい反応を見せている。


「どうだったの、哲也君?」


 優しい鳴でさえ、強い語調で尋ねる。


「お、俺が見た時は、五時半ぐらいだった。その時は甲斐谷の奴、布団に包まって寝てたんだ」

「ちょっと、それって、もう死んでるんじゃないの?ねぇ!」


 渚が問い詰める。確かに、発見時と同じ状況だ。


「じゃあ、神崎が四時四十七分から五時の間に殺したか、哲也がそれ以降に殺したってことになるな」


 真守が結論を出す。それを聞いた瞬間、哲也は真守を睨み付ける。長年の親友に疑われているのだから当然の反応であるが、幼馴染の鳴ですら初めて見る光景だった。それほど哲也は真守にベッタリだったのだ。


「いや、犯人はアリバイを作るために嘘をついているはずだから、その決めつけは危険だわ」


 渚もいつの間にか推理に加わっている。頭を動かすのが楽しくなってきたのだろうか。


「俺はどっちも嘘ついてないと思うけどねぇ」


 全員が発言した修太郎を注視した。


「どういう意味?」


 珍しく話に割って入って来た修太郎の推理に、渚は興味津々である。


「あ、いや……」


 しかし期待がプレッシャーとなってしまったのか、修太郎は黙ってしまう。


「はい鳴さん、どうぞ!」

「え? 私?」


 修太郎に話を振られた鳴は仕方なく会話を引き継ぐ。しかし鳴も理解していた様で、スラスラと口上を述べる。


「まず、三時半から四時半までの証言は、雑誌を読んでたって共通点があるし、信じていいんじゃないかな?」

「いや、『かな?』って言われても」


 渚が冷ややかな視線を鳴に寄越すが、鳴はそれを無視して話を続ける。


「次に、哲也君の五時半の証言だけど、これも信じていいと思う」

「はぁ? 一番怪しいでしょ、どう考えても!」


 渚が声を荒げて、哲也を指さしている。


「もし哲也君が犯人なら、わざわざ自分が不利になる証言はしないと思う。『まだ雑誌を読んでた』って言えばいいだけの話だよ」

「あ……」


 尤もな意見であった。渚も納得せざるを得ない。当然、鳴のこの推理を狙った嘘という可能性もあるが。


「まぁ、絶対とは言えないけど。たぶん『見た光景』は、哲也君が言った通りなんじゃないかな。甲斐谷君は布団に包まって横になっていた」

「でもその時既に死んでいたかもしれないって?」


 光が震えながら尋ねる。


「その通り。それで、最後に神崎君が甲斐谷君の死体を発見した時の時間は?」


 鳴はその時不覚にも寝ていたので、正確な時間は聞かなければ分からない。


「六時十分くらい。俺もちょっとウトウトしちゃったから、早めに確認しといたんだ」

「そのウトウトしたときに誰かが中に入ったってことは?」

「それは無い。ドアにもたれ掛って寝てたから、入ったり出たりしようもんならさすがに起きるはずだよ」

「ふむ……」


 鳴は腕を組んで、考えをまとめ始めた。


「……」

「…………」

「………………」


 一分ほど沈黙が続いた後、鳴が再び喋り出した。


「死亡時刻は、四時半から五時すぎ辺りね」

「え?なんでそんなに短くなるんだ」


 真守は納得いかないとばかりに声を荒げる。


「まさか、二人のいう事を全部鵜呑みにするわけ?」

「違うの。私が甲斐谷君の体を調べた時には死後硬直が始まってたから」

「死後硬直?」

「死体の筋肉が硬直して動かなくなることよ。法医学ではそれを基準に死亡推定時刻を計算するの」

「そ、そうなのか?」

「そうなのよ。私たちが遺体を調べた時間は大体六時十五分ぐらい。そうだよね?」

「六時十六分」


 修太郎が正確な時間を覚えていた。修太郎はもはや鳴自慢のタイマーである。


「死後硬直は死後最低でも一時間は必要だと言われているから、逆算すると少なくとも五時十六分には死亡していないとおかしい」


 存外に知識を持っている鳴に一同は感心しきりだった。しかし鳴には愉悦に浸っていられる余裕は無かった。


「だから『三時半から四時半まで続けて雑誌を読んでいた』とするなら死亡推定時刻は四時半から五時十六分の間よ。アリバイの確認をさせて」


 その言葉に渚が待ったをかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ!アリバイも何も、見張りがいる限り殺人現場には見張りしか入れないでしょ!?」

「いや、そうなんだけどね」


 鳴は今、考えの全てを明かすのは不味いと思い、嘘をつくことにした。


「犯人は二人のうちどちらか、もしくは両方で間違いないんだけど、一応ね、一応」


 哲也と光はそりゃないよ、と言う顔で鳴を見ているが、全員のアリバイを確認するためである。鳴は心を鬼にした。


「ちなみに、私は四時四十七分以降のアリバイはないよ。部屋で寝ちゃってたから」


 まず、自分が報告した。これに修太郎が続く。


「俺も同じ。部屋で寝てたけど証明する人はいない」

「俺は……」

「あっ、哲也!」


 真守が発言しようとした瞬間、修太郎が声を被せてしまった。


「な、何だよ修太郎」

「俺さ。五時半ぐらいに一階のトイレに行く途中、階段の前でお前に会ってるよな?それで証明にならない?」

「はぁ?俺はお前とは会ってないぞ」

「え?そうだっけ」

「その辺の時間帯に会ったのは真守だけだよ」

「おかしいな? まあ哲也が言うなら俺の勘違い……なのかな? むぅ、納得いかない……」

「……修太郎、もういいか?」

「あ、ごめん。どうぞ」


 真守が頭を掻きながら、改めて発言する。


「俺は四時四十七分から……さっき哲也が言った通り、五時半ぐらいか?正確な時間はわからんが、その間と、その五分後ぐらい以降はアリバイが無い」

「じゃあ最後は漆原さん」

「私も怖いからずっと閉じこもってたわ。でも四時二十分ぐらいにトイレに行った時、神崎君に声をかけたよ」

「ああ、それも間違いない」


 渚の証言に、光が肯定した。裏付けの取れるアリバイ情報は、これぐらいだろうか。


「うん、大体わかったけど……」


 これだけの情報を得ても、犯人を特定するには至らなかった。ほとんど全員にアリバイがないのだ。鳴は唸り声をあげ、眉間に皺を寄せるのだった。

 まだあと二日。助けが来るまで、彼らはあと二日も殺人鬼と一つ屋根の下なのだ。

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