表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
12/25

2-2 綺麗すぎるな、この部屋

 まず、死体を調べてみる。顎の筋肉が動かなくなっている事から、既に死後硬直は始まっていると判断できる。響の時と違い首には外傷も無ければ、絞められた跡も見当たらない。顔の真横に相当する布団の一部が湿っているので窒息死かと思ったが、どうやら違うようだ。

 他の箇所を調べると、左手首に光の言った通り出血の跡があった。いわゆるリストカットによる出血多量が死因だろう。ならば、手首を切った刃物が近くにあるはずである。


「真守君、何かあった?」

「いや、何も。というか、綺麗すぎるな、この部屋」


 それは鳴も考えていた。争った形跡が全くと言っていいほど存在しない。ならば、この事案は……。

 その時、鳴は自分の足元で修太郎がゴソゴソと何かしている事に気づいた。鳴は修太郎がまたスカートの中を覗こうとしているのかと思い、


「ちょっとシュウちゃん!こんな時ぐらい……」


 真面目にやりなさい!と言おうとしたのだが、修太郎の目は笑っていなかった。


「ん、何かあったよ」


 修太郎の手には、携帯が握られていた。どうやら布団の下にあったらしい。鳴はその光景を見て焦った。見るからに重要な証拠品であるにも関わらず、修太郎は手袋も何もしていないではないか!


「し、シュウちゃん!素手で触っちゃダメ!」

「やだなぁ鳴。ほら」


 素手かと思われた修太郎は、調理用の薄い手袋をしていた。携帯に指紋が付いていないことが分かって、ホッと胸を撫で下ろす鳴。


「食堂に置いてあったんだよ、これ。あ、ほら。真守も使ってるよ、やっぱり」

「お、脅かさないでよ!もう」


 鳴が勝手に驚いただけなのだが、この旅行で修太郎には苦汁を舐めさせられっぱなしな鳴は、とりあえず修太郎のせいにしておいた。


「おい、画面を見ろ」


 真守に言われて携帯の画面を覗き込むと、メモ帳のアプリケーションに文章が打ち込んであった。


『新谷先生を殺してしまった。警察が来るまで拘束されてはもう逃げられない。死を選ぶことにする』


 どう見ても遺書であった。


「これは……自殺、か? どう思う、鳴」

「う~ん、確かに現場だけを見ればそうだけど、この遺書、本当に甲斐谷君が打ち込んだのかな?」

「偽物だね」


 修太郎が断言したので、鳴と真守が驚いて振り向く。


「何でだ?」

「だって涼は響姉の事は響先生って呼ぶし」

「そうなの?」

「まぁ、付き合ってたからね」

「何度も言うが、それ本当なのか?」

「信じないならそれでもいいけどさ」


 もし修太郎の言っていることが本当なら、この遺書が偽物の可能性は確かにある。だが読む側に分かり易い言葉を選んだだけとも言えるため、決定的な証拠には程遠かった。


「しかし、遺書があるし、争った形跡はない。やっぱりこれは自殺じゃないのか?」

「遺書が偽物なら無条件で他殺でしょ?」

「まぁ、そうなるけどよ」


 鳴も、他殺と見た方が良いと思った。自殺と断定してしまえばそれまでだが、殺人であった場合その判断は非常に危険である。殺人犯を見す見す野放しにする事と同義だから。


「シュウちゃん、他に気になるところは?」


 今回は珍しく役に立っている修太郎に鳴は期待した。すると期待通りに有益な情報が飛び出した。


「涼はサウスポーだよ。手首の傷が左手にあるのは不自然じゃない?」

「えっ」

「あっ」


 真守と鳴がハッとした様な声をあげる。詳しくは知らないが、確かに普通は利き腕で刃物を持ち、もう片方の手を切るだろう。


「こいつ、左利きなのか?」

「初耳だよ、そんなの」


 真守も鳴も知らなかったのは無理はなかった。涼はバスケや野球などのスポーツをする時や精密な動作が必要な場合以外は、基本的に右手を使っていたからだ。左利きの人間には珍しい事では無いのだが。


「ということは、自殺じゃないってこと?」

「だが、利き手で切らなくたって死んでるには死んでるんだし、問題は無いんじゃないか? そんなのは気分だろう」

「そうかもしれないけど……」

「左利きの人って大抵矯正されて、右も使えるっていうぞ」

「う~ん」


 自殺説を否定するには、あと一歩足りない気がする。鳴にはそう思えた。


「シュウちゃん、他には?」


 藁にも縋る想いで修太郎に助けを求める鳴。


「っていうか、刃物は?」


 修太郎の言葉で一番大切な事に気づく。刃物を探すことを鳴達は忘れていたのだ。


「真守君、本当に無いの?」

「ざっと見たが、見つからなかったぞ」

「じゃあ、布団の下かしら」


 遺体を動かし、敷布団を完全にめくると、血の付いたナイフが出てきた。


「結構デカいな」

「こんなもの持ってきてたなんて」

「……」


 修太郎は黙り込んだ。


「シュウちゃん、心当たりがあるの?」

「え?」

「これを見て何か思ったことがあるなら……」

「いや、何もないよ」


 口とは裏腹に、明らかに修太郎の様子はおかしく見えた。


「う~ん、やっぱり自殺の線が濃ゆいんじゃないのか、鳴」


 真守の自殺説に対して、鳴には特に何も反論材料が無いが、修太郎の態度と言い何か引っかかる。

 そう思って携帯にふと目を落した、その時だった。


「あれ?」


 スマートフォンの画面に赤い線がある。死体の重みで液晶が割れたのだろうか?

 そうでは無かった。画面に血を拭った跡があるのだ。


「他殺で決定ね」

「は?何でだよ」


 真守が尋ねる。


「画面に血が付着してるからよ。ほら」

「確かに血が付いてるように見えるな…でも、それが理由になるのか?」

「自殺で遺書を書いたってことは、そのタイミングは手首を切る前になるよね?」

「ああ。当たり前……あっ」


 真守も矛盾に気づいた。


「そういう事。手首を切る前に文章を携帯に打ち込んだなら、画面に血が付くはずがない」


 鳴は他殺の証拠が見つかって、若干ホッとしていた。涼が自殺するという事は、彼が響を殺したも同然となるからである。鳴は涼を信じていたかった。

 安心と、これからの不安が入り混じる。そのせいか舌も良く回り始めた。


「ていうか自分で書いたなら、布団の下に隠す意味も無いし、隠す際に布団の裏が血で派手に汚れるはず。だけどそんな形跡もない」

「なるほど……言われてみれば、他殺しか有り得ないな」

「ほらね。遺書は偽物だったってことでしょ?」


 修太郎は勝ち誇った顔を見せる。まるで自分が推理したかの様な顔である。


「そう、他殺で間違いないわ。犯人は自殺に見せかけるために遺書を書いて、布団の下にいれたのよ。想定外にも画面に血が滴ってしまったから、私達は騙されずにすんだってわけ」


 そして、窓も割られた様子が無い事から、今度は外部犯の犯行では有り得ない。涼はトイレに行く間も与えられないまま(拘束前に一度だけ行ってはいるが)、ずっと拘束されていたのだ。

 つまり、残りのメンバーの中に、甲斐谷涼殺しの――恐らくは新谷響も殺している――殺人犯がいることになる。

 これは、えらいことになった。響の仇どころか、自分達の身まで危うくなったことを、鳴達は理解していた。


「た、他殺か……まだ、終わってないんだな」

「そうね。でも、一つ分からないことがあるんだけど」

「何だ?」

「動機よ」

「あ、そうか」


 先ほどの議論でも出た様に、もし響と涼の殺害犯が同一人物なら、ただ一人疑われている涼を殺すことはデメリットでしかないはずなのだ。


「確かに、意味が分からないな」

「でも、他殺なのは間違いない」

「となると、響姉の敵討ちか?最初の殺人は甲斐谷で」

「まだ、結論は出せないわ。取りあえず戻ろう、二人とも」


 二人が部屋を出た後、修太郎は一人、涼に……『涼だった物』に振り返る。長時間、その姿勢を保ち続けた。


「シュウちゃん……」

「修太郎。行こう」

「……うん」


 鳴は思う。彼は一体、どんな顔をしていたのだろう。泣いているのか、怒っているのか。それとも……。


――いや、そんなはずはない。ないと、思いたい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ