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【コミカライズ開始】身に覚えのない溺愛ですが、そこまで愛されたら仕方ない。忘却の乙女は神様に永遠に愛されるようです  作者: まえばる蒔乃@受賞感謝
第六章・まつろわぬ、ふたりで一つの神様

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あなたの傍にいると決める、何度でも

 紫乃さんがなぜこれらで私を守ってくれているのか、わかる気がした。

 博多塀は幾たびもの戦火を乗り越えて築かれた壁だ。土塀に塗り込められた瓦礫は、破壊に負けない人々の力。龍神のようにうねる大きな松は元寇を退けた鳥飼潟の塩屋の松で、梅はそれこそ、居場所を失い配流され、失意のうちに亡くなった菅原道真(せんせい)に寄り添い続け、今も咲き続ける梅で。


 土地神として人々に表立って敬われることはなくなっても。

 生きてきた人々に寄り添い、一緒に時を過ごしてきた、紫乃さんの力だった。


 そして尽紫さんは何も土地の力を引き出せないのが残酷ですらあった。

 彼女に残されたのは、自分自身の霊力だけなのだ─同じ土地神でありながら。


「人と生きていくのも悪くはないよ、尽紫。……土地神として人々の営みを、全てを覚えて、見送っていく道を選びたい。それは俺たちにしかできないことだから」

「私たちを捨てて、恩も畏れも忘れて、薄情に繁栄しては土地を使い捨てにして勝手に消えていく、人間たちに寄り添う必要なんてないわ!」


 だんだん尽紫さんの攻撃の勢いが弱まっていく。

 残された最後の霊力が使い果たされようとしているのだ。

 私は紫乃さんを見上げた。紫乃さんも、弱り始めた姉に苦しげな顔をしているように見えた。


「……紫乃さん」

「どうした」

「巫女は、神様を鎮めるために、慰めるためにいるんですよね?」


 私が見上げると、紫乃さんが目を瞬かせる。


「私に、彼女を任せていただけませんか。……紫乃さんと一対の神様なら、彼女と向き合うのも、あなたの巫女である私の仕事です」


 紫乃さんの目が明らかに狼狽で揺れる。

 彼が恐れていることはわかっている。私はにっと笑ってピースをした。


「大丈夫です。前の私とは違います。知ってるでしょ?」

「楓……」

「尽紫さんはもう弱ってきています。このままじゃまた、尽紫さんと向き合う前に消えてしまう。お願いします。……紫乃さん」


 彼はまだ躊躇っていた。永遠とも思える数秒ののち、諦めたように肩の力を抜いた。


「……わかった」

「ありがとうございます、紫乃さん」


 私は紫乃さんの腕に包まれる。求めていた、紫乃さん本人からの抱擁だった。

 嬉しくて身を委ねていると、顎を持ち上げられ、唇の端に口づけられた。

 至近距離で、紫乃さんは優しく笑んだ。


「無事で、楓」


 体の奥から感情が吹き出してくる。胸が熱い。

 制御不能の力と勇気がみるみる体を満たしていく。何倍も力が湧いてくる。

 私は悟る。

 本当に、魂から、この神様が大好きなんだと。

 過去から未来まで、間違いなく永遠に、私は紫乃さんの隣にいたい、何度でも。


「いってきます。紫乃さんは屋敷が壊れないように守っててください」


 紫乃さんは私たちを包む全てを解除する。

 月明かりに白く照らされた尽紫さんが、ぜえぜえと肩で息をしているのが見えた。

 私は覚悟を決め、一歩踏み出す。


「……何よ。今の私ならあなたひとりでも十分仕留められるとでも?」

「仕留めたいんじゃありません。私は、あなたと話したいんです」

「いい子ぶらないでよ! 薄汚い、か弱い、情けない人間のくせに!」


 尽紫さんの猛攻が私に降り注いだ。

 髪の毛が次々と襲いかかってくる。なんとなく髪に攻撃するのは躊躇われて、私は神楽鈴を鳴らしながら逃げた。

 どかどかと髪の毛の矢が私に襲いかかっても、仕留め損ねた矢が屋敷を壊すことはない。

 紫乃さんはしっかりと、屋敷を加護してくれているようだった。

 視界が開けた場所に行きたいと、中庭に降りる。

 次の瞬間、全方向から髪の毛が襲いかかる。


「わっ!」


 用途のわかっていなかった五色布の一つ、紫色がくるくると私の周りで回転し、髪の毛を弾き飛ばしてくれる。


「ええと……ありがとうっ! バリアーくん!」

「もう、ちょこまか逃げないでよ……!」


 尽紫さんが屋根を飛び越え、私を直接手で狙ってくる。

 私ははやかけんビームを出そうと構えた。


「ふざけたビームは出させないんだから!」


 ゼロ距離で手元を力任せに薙がれ、はやかけんと神楽鈴を取り零す。


「っ……!」


 次の瞬間、髪の毛で作られた簪が、タタタタッと私を壁に縫い留めた。


「くっ……巫女服がひらひらしてるのが災いした……!」


 じたばたとする私に、尽紫さんがゆっくりと近づいてくる。

 髪を振り乱し、汗だくで、ワンピースのように纏っていた男物のシャツはずたずたになっていた。

 持ち主の紫乃さんが可哀想なくらいに。

 ぼろきれを纏ってもなお、月明かりに照らされた尽紫さんは凄絶に美しかった。

 尽紫さんは髪を抜き、手元に鋭い簪を形成する。


 紫乃さんも夜さんも羽犬さんも現れない。

 私がひとりで戦いたいと言えば、ちゃんと出てこない三人がありがたかった。


 尽紫さんの簪が私に触れる。

 痛みはなかった。突然、視界が真っ白になった。

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