酢醤油
「巫女装束装着!」
深紅の千早の巫女装束で、私は紫乃さん姿の尽紫さんと対峙する。
夜さんの後ろから、蒸籠を持った羽犬さんも駆けてきた。
「紫乃! 楓ちゃん! 霊力回復してっ! 地元食材に俺の霊力、籠めまくった!」
蒸籠からほかほかの肉まんが投げられ、私たちはパシッと受け取る。
「あと酢醤油!」
酢醤油も、しっかり受け取る。
肉まんを割って酢醤油で食べる。こんな緊迫した事態でも美味しいものは美味しい。
尽紫さんが叫んだ。
「今食べるの!? 緊張感なさすぎるんじゃない!?」
「そう言われても、お腹空きましたし」
「昼に食べたうどんだけじゃなあ」
一瞬生唾を飲んだ尽紫さん(紫乃さんの体)は、首を横に振って私たちを睨む。
「どういうこと? 紫乃ちゃんは私の体なのに身動きが取れるし、あなたは全く騙されていないし……何よ、みんなして私が尽紫だって気づいていたってこと?」
「確信はなかったですけどね、少なくとも紫乃さんではないと気づいてましたよ。美味しいですねこの肉まん」
「蒸かし立ては最高だな」
「まだまだいっぱいあるよー」
羽犬さんが笑顔で蒸籠の中を見せる。
尽紫さんは怒りに震えた。
「もう! 私にも食べさせてくれてもいいじゃない! ……じゃなくて、そこまで回復してるなら返してちょうだい、私の体を!」
紫乃の体で、尽紫さんは紫乃さんに襲いかかる。
「おっと、零すだろ」
紫乃さんは小柄な尽紫さんの体を使って受け身を取る。
紫乃さんの体を扱い慣れていないのだろう、尽紫さんは鴨居に頭をしたたかにぶつけて倒れ込んだ。
「痛いよな、それ……」
しみじみと同情した紫乃さんは肉まんを食べ終わった指を舐めると、倒れた己の体の尽紫さんの襟首を摑み、額をこつんと突き合わせる。
藍の瞳と、金の瞳が内側から光を放つように輝く。
次の瞬間、紫乃さんが額を押さえながら立ち上がった。
「ほら、返してやったぞ」
「あ……」
「うう、この体まだ腹が空いてるな。羽犬、もう二つ」
「あいよっ!」
両手に肉まんを受け取る紫乃さん。
「酢醤油つけてあげますね」
「あ、ありがとう」
紫乃さんが戻ってきた。理屈じゃなく、体の奥から嬉しい気持ちが湧いてくる。
嬉しくてにっこり笑うと、紫乃さんも微笑み返してくれた。
「ふふ、なんだよどうしたんだ」
「へへへ、紫乃さんだ」
「そうだよ、俺だよ」
「はいはい、二人ともいちゃいちゃしないの」
羽犬さんが苦笑いする。
ふらりと立ち上がった尽紫さんに、一同の注目が集まる。
「っ……もう、最悪だわ……」
尽紫さんはやっていられない、といった様子で髪をぐっとかき上げる。
本気で苛立っている様子だ。羽犬さんが肩をすくめた。
「尽紫様、もう諦めん? あの演技はさすがになかよ」
「っ……ばかにしないでよ!」
「もー、強情なんやけん」
呆れた様子の羽犬さん。私はふと違和感を覚える。
あの演技でなんとかなると真剣に思っていたのなら、強情で片づく問題ではない気がする。だってあまりにも、紫乃さんと違ったのだから。
「……そうか」
私は気づいてしまった。
彼女は強情だから下手な演技をしたんじゃない。
本当の紫乃さんを知らないのだ。
だから、私と彼の関係もよく知らないままに行動する。
彼女は封印され続けていて、分け御魂が時々飛び出すとしてもすぐに禊ぎ祓いされているのだから。
「……尽紫さん、もうやめませんか?」
私は思わず声をかけた。
尽紫さんは私を凝視した。私は一歩近づいて続ける。
「提案があるんです。せっかく分け御魂で現代によみがえれたんですし、少しお話しませんか? 私はあなたとお話してみたいです。紫乃さんとも、喧嘩じゃなくて落ち着いてお話しましょうよ。姉弟なんですし、このままじゃさみしいですよ」
次の瞬間。
私は紫乃さんの腕の中に捕らえられていた。
「な……」
目の前に壁が生じている。
畳を突き破り、博多塀が私と紫乃さんを守る分だけ迫り出している。
紫乃さんの力だ。
ぼろぼろと、使命を果たした博多塀が壊れていく。
塀が壊れた向こうには、尽紫さんの髪で編まれた槍が切っ先をこちらに突きつけていた。
「……ふざけないで」
黒髪を自在に動かし、槍や刀、長刀を構築し、尽紫さんは顔を覆って叫んだ。
「ふざけないで、あなたはいつも、いつもいつも、私に、同じことを言う……!」
半狂乱になりながら、尽紫さんは次々と私に攻撃を向ける。
それは全て、紫乃さんの防御に壊されていく。
博多塀に。龍神のようにうねる松に、梅に。






