「カルタ発祥の地って福岡なんですよ」「話を逸らさないで」
完結まで毎日更新します。よろしくお願いします。
こちらの思惑がばれませんようにと願いながら、紫乃さんの浴衣の帯を引き抜く。
えーん、脱がせてごめんなさい、本物の紫乃さん!
「……大胆だな?」
少し動揺した様子で目の前の紫乃さんが私を見上げている。
私は罪悪感を胸の奥に押し込め、ふふ、と思わせぶりに微笑む努力をする。
「いつも通りのことをしてるだけじゃないですか。どうしたんです? 変ですよ?」
はだけた襟の中を見ないように、目をそらさないまま笑顔を作る。
頭のどこかで人魚さんたちが「ファイト! 表情管理よ!」と激励してくれている。
そうだ表情管理。いつもの紫乃さんの色っぽい表情を思い出せ!
「ねえ、紫乃さん。まずはいつも通り、手首を縛りますね」
「あ……ああ」
やはり「いつも通り」と言われると抵抗しにくいらしい。
私は躊躇いなく両手を持ち上げてひと纏めにする。紫乃さんは細くて美人なのに、手は結構骨っぽくて指が長くて男性らしい。自分より大きな手を縛るのは、なんとも言えない背徳的な感じがする。
紫乃さんらしき存在(紫乃さんと似てるとすら言いたくない)は不満そうに口を尖らせた。
「俺は楓に触れたいんだけど、縛らなきゃ嫌?」
「いつも通りにしたいんですよね? 抵抗するなんて紫乃さんらしくないですよ?」
「……そう?」
そう言うと、彼は怪訝な顔をしつつも抵抗しなかった。
縛りながら、私はいつも頭をくしゃくしゃに撫でてくる雑な手つきや、抱き寄せてくれたときの温かい感覚を思い出す。
無性に頭を撫でられたかった。変な紫乃さんじゃなくて、いつもの優しい手に。
ダメだ、いけない、そういうこと考えてる場合じゃない!
ベチン!
私は思いっ切り自分の顔を叩いた。
ぎょっとする目の前の紫乃さんに向き直り、縛りかけだった結び目を引き絞る。
焦るあまりぎゅっと絞めすぎたらしい。紫乃さんが悲鳴をあげた。
「いたたたた、ちょっ……痛いわよ!」
ベしっと手を叩かれた。
突然女言葉になった紫乃さんは、はっとした様子になった。
「……え、えーと。痛いと言ってるんだ」
咳払いして、紫乃さんは言い直す。
「そ、ソウナンデスネー」
話を合わせつつ私は確信した。
――これ、中身尽紫さんだ。
今、尽紫さんに入っているほうが、おそらく紫乃さんなのだ。
そうするといろいろつじつまが合う。
私がビームを向けたとき、あの尽紫さんはビームを吸収していた。
暴力ではなく体力回復のほうに、あのビームは作用したはずだ。
ならば、もしかしたら!
次の瞬間、私は紫乃さんに押し倒されていた。
障子側の畳の上に乱暴に倒され、障子から入る月明かりが紫乃さんの顔を、はだけた胸を照らす。
髪をかき上げるその眼差しは笑っていない。
「……もうそろそろじゃれ合うのはやめようか」
「そ、それならどうします? カ、カルタでも持ってきましょうか? 天正カルタのレプリカ、珠子さんが」
「わかるでしょ?」
紫乃さんの手が私の手首を搦め捕り、頭の上で畳に縫い留める。びくともしない。
「あ、あああの、紫乃さん」
「抱くよ、楓」
「直球!」
顎を撫でられ、私は必死で考える。
思い切り股間を蹴り上げていいのだろうか、でも体は紫乃さんだ、それはさすがに可哀想だ。
可哀想なんて思っている場合か、とも思う。
待って、神様の股間ってどうなってるの? 蹴っても大丈夫なやつ?
私は混乱していた─どうすればいい、どうすれば。
万事休す、と思ったとき。障子に小柄な人影が映った。
「お楽しみねえ、紫乃ちゃんと楓ちゃん?」
スパンと障子を開け、シャツ一枚をワンピース状に羽織った少女が姿を現す。
「紫乃さん!」
私が呼ぶと、少女─尽紫さんの体に入った紫乃さんが片眉を上げた。
「なんだ、もう気づいていたのか?」
「気づきますよそりゃあ! 紫乃さん絶対やんないことしかしないんですもん!」
私は手首を押さえられたまま腰を上げ、ぐるりと後転して腕から逃れる。
紫乃さんの姿の尽紫さんの傍に立つと、すぐに険しい顔で尋ねられる。
「無事か」
「股間蹴り上げるのは回避しました」
「俺の体じゃなく楓の体の心配だ、おばか」
「問題ありません、なんにもされてないです」
「そうか。……よかった」
尽紫さんの顔で、紫乃さんはふっと微笑む。その表情に図らずも胸がドキッとする。
紫乃さんイン尽紫さんの誘惑はどうにも体が受けつけなかったのに、逆なら平気なのが不思議だ。
「どういうこと!? あなた、完全に力を失っているはずなのに」
怒りをあらわにした尽紫さんの言葉に、紫乃さんはウインクで返す。
「愛の力、かな」
「っ……!」
紫乃さんはにっこりと笑う。
「楓殿!」
夜さんの声がする。
廊下から、夜さんがビッとはやかけんを投げてくれる。
万が一のため手元に置かず、夜さんに預けていたのだ。
腕を掲げて二本の指でパシッと受け取り、私は決めポーズで変身した。






