筑紫の姉弟(紫乃?視点)
湯浴みを済ませ、紫乃は尽紫を寝かせた部屋へと戻る。
尽紫は宵闇に淡く輝く金糸で縛り上げられたまま、こちらを睨んでいた。
「おはよう、紫乃ちゃん。美少女になった気分はいかが?」
紫乃が尽紫の仕草で笑う。
「……記憶を確保してるなんて噓をついて、俺の体を奪うとはな」
「記憶なんて取っておくわけないじゃない。全部嚙み砕いたわよ、残念でした」
紫乃の体を乗っ取った尽紫が、舌を見せてあざ笑う。
そして寝間着の浴衣をはだけ、思わせぶりに肌を晒してみせる。
「紫乃ちゃん、すっかり大人の男の人になったのね? お姉ちゃんびっくりしちゃった。あんなに小さかったのにね」
尽紫に体を奪われた紫乃が、尽紫の体でぐっと奥歯を嚙みしめた。
「気持ち悪い」
「ひどい言い草ね。あなたも私の体を好きにしていいのよ?」
「そういう趣味はないね」
「……へえ? 生意気ねえ? 私ほどの美少女に失礼よ」
尽紫は目を眇めて笑うと、縛り付けた紫乃に馬乗りになる。
体重をかけられてうっと呻く紫乃の顔を、尽紫はべろりと舐め上げた。
「っ……」
「私は尽紫でもいけるわよ? そうだわ、このまま抱いてあげようかしら? それも倒錯的でいいと思わない?」
「やめろ」
尽紫が紫乃の体に手を這わせると、紫乃は縛られたまま身をよじらせる。
霊力をほとんど失った体に体格差も加わり、紫乃の肉体を得た尽紫に対しては無駄な抵抗でしかなかった。
「ふふ、分け御魂の上にここまで弱らせた体で、本当の肉体を持つ紫乃に敵うと思ってるの?」
「……俺の体を奪ったあとのために、わざと自分自身を弱らせていたな?」
「当然じゃない」
紫乃の顔で、尽紫は笑った。
「元気な肉体にあなたを閉じ込めても意味がないもの。分け御魂に入り込んだあなたの魂は、このまま分け御魂が祓われてしまえば消えるわね? 楽しみだわ」
「っ……」
悔しそうに眉根を寄せる紫乃が、尽紫は愉快でたまらなかった。
「何をやっても、俺は楓との関係を解消しないぞ」
「解消しなくてもいいわよ? でもあなただけが楓を独り占めするのは、ずるいわ」
尽紫は紫乃の胸板を撫でる。
「この体を奪えたのは、私があなたと同じ二人で一つの神だから。そうでしょう? ならば楓は私のものでもあるわ。……私の巫女にしちゃっても、当然いいわよね?」
気丈に振る舞っていた紫乃の表情が絶望に染まる。尽紫は声をあげて笑った。
「やめろ、楓に手を出すな」
紫乃は青ざめた顔で、一息にまくし立てる。
「楓に手を出すな。俺は普段から楓に毎日甘い言葉を囁き、楓と既に夫婦関係なわけだが、毎晩俺が香を焚いて雰囲気を作り寝物語を語った上で誘いをかけているのは紛れもない事実だが、やめてくれ」
「あはは、紫乃ちゃんってば可愛いわ」
妙に細かく饒舌に説明してくる弟に、尽紫はケラケラと笑う。
「……そんなに甘く接してあげているのね?」
わずかに、胸が痛むのを感じない振りをする。傷つく自分を認めたくなかった。
尽紫は紫乃の頰に口づけると立ち上がった。
「やめろ、待て! 頼む! ……楓に、手を出さないでくれ……!」
「わかってるでしょ? 私を閉じ込めて、二人で幸せになるなんて許さないんだから」
尽紫は客間を出て、障子をしっかりと閉めた。
「さあ楓ちゃん。いつもと同じ紫乃ちゃんと、とろける夜を過ごすがいいわ……!」
暗い廊下を男の歩幅で歩きながら、尽紫は嗜虐への期待で胸が沸き立つのを感じた。
心に浮かぶのは、あの日、記憶を奪った日のことだ。






