肥前の猫又
「紫乃さん!」
「紫乃さん! これ!」
続いて私を抱きしめ庇う珠子さん。彼女は光る刀を紫乃さんに投げる。
「三池光世か……!」
それを摑んだ紫乃さんが、次の攻撃を刀で受け止める。
戦いは続くかと思われたが、あっけなく黒い影はぎゃっと悲鳴をあげて転がった。
「ぎゃああ……」
「三池光世の霊刀で傷ついたということは、呪いをかけられたあやかしだな」
「こら誰よ! あなたは!」
私を抱きしめたまま珠子さんが叫んだ。ふらりと、黒い影が再び立ち塞がる。まるでものすごく大きい黒いカーペットが生きて、こちらを見下ろしているねうに見えた。
正眼に刀を構えたまま、紫乃さんが低く呟く。
「……肥前の猫又だな。まだ若い。三百年ほどか」
紫乃さんの言葉に、珠子さんが怪訝そうな顔をする。
「肥前? あっちからここまで結構遠いんだけど、有明沿岸道路通って入ってきたんやか?」
黒い影――猫又さんは、ゆらっと揺れながら私を見下ろした。
「某を忘れたとは言わせぬぞ。ずっと、ずっと楓殿を待っておったというのに」
「え」
私は思わず紫乃さんを見て、そしてぶんぶんと首を振る。
「わ、私知りませんね! 知りませんね!」
「いや記憶失ってるから」
「いっけない、そういえばそうだった!」
私にツッコミを入れたあと、紫乃さんは猫又さんを見た。
「……お前は何者だ、話を聞かせろ」
「某が会いたかったのは楓殿だけ。貴殿に用はない」
「ほう? 会いたかったから攻撃するのか、禊ぎ祓いを終えて疲れた楓のことを」
私を背に庇ったまま、紫乃さんが猫又さんを見上げて言う。落ち着いた声音ではあるものの、紫乃さんの声が低い。怒っているのだと感じる声音だった。
「某はもう後がないのだ、もう、楓殿しか」
紫乃さんがさらに刀を突きつける。
切っ先を向けられ、猫又さんがぶわわ、と毛を逆立てる。
体は大きくて攻撃的なのに、何かひどく怯えているように見えた。
「……お前のような弱った猫が、有明沿岸道路を通ってここまで来るなんて無理だ。佐賀市内からどれくらいかかると思ってる。阿蘇の根子岳の猫のほうがまだ来やすい」
ふっと、紫乃さんが何かに気付いた顔をする。
「……道理を解する気もないまま無理を通す、この雑なやり方、覚えがある」
独り呟く紫乃さんを前に、猫又さんはうなり声を上げ威嚇する。
「某は屈せぬぞ、楓殿に仕えると決めたのだから、それを曲げれば肥前の猫の名が廃る」
両者一歩も譲らない。
明らかに背水の陣で飛び込んできている猫又さんと、本気で怒っている紫乃さん。
「はわわ、どうしよう」
私が慌てていると、隣からちょいちょいと珠子さんがつついてきた。
しかめ面で吐き捨てるように、ぼそりと呟く。
「吹っ飛ばしなさいね、面倒くさい」
「さ、さっき優しい払い方を教えてくれたのに!?」
「構うものですか。お父さんは労る理由があるけど、我が強い男ほど面倒くさいものはないわ、吹っ飛ばすにかぎるわ」
「し、辛辣」
見た目は可憐なのに、思いっ切り武闘派だ。
そういやさっき刀出したなこの人。
「え、ええとでも猫又さんは満身創痍みたいだし、紫乃さんを攻撃するのはちょっと」
「いいからいいから。楓ちゃんのビームはよこしまな者以外には気持ちいいのよ。覚えはない?」
「そういえば……」
私が最初に吹っ飛ばしたとき、確かにキラキラは幸せそうに消えていた気がする。
少なくとも悪い払い方だったら、紫乃さんも反応は違っただろう。
「私が言ってるんだから何も心配ないわ、最悪浄化して消えるんだけど、まあ消えたらそれまでの男ね」
「いけいけ」
「やれやれ」
「ついでに俺らにもやってくれんね、ばつーんって」
野次が聞こえるなと振り返ると、先ほどしんみりして消えていったお父さんたちが現れていた。
既にやることは終わったとばかりに手にはそれぞれ五百ミリリットルの発泡酒と焼き鳥を持っている。
「当たり前のように戻ってくるもんなんですね」
「そりゃおもしろかこつがあったら戻ってきますばい」
「いけいけ楓ちゃん!」
「よ、よーし!」
お父さんたちと珠子さんに応援されて、私ははやかけんを構える。
優しく、優しく、あまり吹っ飛ばしすぎないように。
「はやかけんビーム!」
しかし思いっ切り二人を吹っ飛ばした。






