巫女の本質
珠子さんがプリーツスカートとおさげを翻し、空にふわっと浮かぶ。
彼女が祈りを捧げると、透き通った竜がふわっとあたりを巡り─場所の雰囲気ががらりと変わった。銀座通商店街は何倍にも輝き、通行人が全て消える。代わりにキラキラとした魂と、画像加工したかのように淡く輝く「お父さん」の皆さんの姿がより鮮明になった。
「わ……!」
「よーい……スタート!」
珠子さんが手を叩く。同時に紫乃さんが手元でアラームをかける。
その瞬間、お父さんたちが一斉にダッシュで離れていった。
ぼーっとしている暇はない。
目標はみんなを浄化でハッピーにして、修行大成功、そして美味しい夜ご飯!
「巫女装束装着!」
私は特撮よろしくはやかけんを構えて、紅染めの巫女装束姿にチェンジする。
「早いぞ楓! 十秒だ!」
紫乃さんの言葉に親指を立てて応えると、私は商店街中心部へと駆け出した!
きらきらもお父さんたちも、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく!
「とりあえず……行きます! はやかけんビームッ!」
まずは肩慣らしだ。腰を落として手元を安定させ、両手でICカードを構えて叫ぶ。
「ビームッ!」
一直線に銀座通商店街を突き抜けていくビーム。当たるキラキラもいたけれど、キラキラはふわっと吹き飛んでいく。どうやらビームの風圧が出ているらしい。
「うーん、もっと範囲を広くして、スピードをもっと。キラキラ全部を仕留め切れないな……」
何度か出していて気づいたけれど、私の叫びとビームの力はリンクしているようだった。
巫女としての言霊の力だろうか、紫乃さんが言う通り砲丸投げのかけ声と同じなのだろうか。鋭く声を出せば鋭く細く飛び、逆に喉を開いて落ち着いた発声をすれば、ビームの直径は広くなる。
記憶を失う前の私が歌で禊ぎ祓いしていたおかげか、喉の調子も発声もやりやすい気がする。
これからも発声練習しないとな、と一つ心に誓う。
「とにかく実戦して、改善していくのが一番だよね」
考えるな、感じろ!
私ははやかけんを握り、キラキラの浄化に専念した。
「ビーム! ビーム! あっちもビームッ!!」
細いビームで狙いを定めて浄化。直径の広いビームで、隠れた場所から複数のキラキラを包み込むように浄化。
「こんな浄化のやり方は罰当たりにならないのかなあ」
「大丈夫。みんな楓との追いかけっこ楽しんでるよ」
私の呟きに、看板に腰を下ろした紫乃さんが声をかけてくる。
紫乃さんに祓って貰いたくて近づいてきたキラキラを、紫乃さんはふっと息で私のほうへと飛ばしてくる。
「わわっ! び、ビーム!」
「えらいえらい、百発百中」
ぱちぱちと手を叩く紫乃さんが、私にタイマーを見せる。45分経過していてびっくりする。
「け、結構時間経ってますね」
「キラキラにばかり気を取られていると、お父さんたちの準備が整ってしまうぞ」
「じゅ、準備ってなんですか!?」
「そりゃあ……迎撃?」
そのとき。鐘と太鼓を打ち鳴らす祭り囃子が聞こえてきて、私は通りを振り返る。
ゆったりと厳かにこちらに近づいてくるのは、竜に似た大蛇の巨大な顔。口を大きく開けたその山車の上に、お父さんたちが思いっ切り乗っかっていた。
「そっちから来んとなら、こっちから行くばい、楓ちゃん!」
大蛇の口が光る。
私は反射的に右に避ける。
はやかけんビームに似た光が、思いっ切り私のいた場所を薙いでいった。
「迎撃もあるって聞いてないですよー!」
紫乃さんが看板の上で足をゆらゆらさせながら言う。
「炭鉱の男が防戦一方なわけないだろう? 」
「ひ、ひえー」
「ほら、しっかり鍛えて貰いなさい」
「や……やるしか……ないっ!!」
私は頰を叩き、気合いを入れ直して大蛇を見る。大蛇は独特のリズムを鳴らしながら私のほうへ近づいてくる。機動力はこちらが上だ。しかしあのビームを浴びるのは怖い!
「ちなみに大蛇山砲を受けたら、私どうなりますか」
紫乃さんはいつの間にか隣に座っている珠子さんと顔を見合わせ、うーんと首をひねる。
「電気治療みたいな感じかな?」
「今まで楓ちゃん何度か吹っ飛ばされてたけど、元気だったから大丈夫大丈夫」
「吹っ飛ばされたことあるんですね、私!? そして大丈夫だったんですね」
元の私が頑丈なのか、修行のおかげなのか、なんなのか。
しかし私は少し冷静になった。当たっても問題ないなら、恐れは邪魔だ。
もう一度顔を叩き、私は大蛇山の進路に立つ。お父さんたちが沸き立った。
「よし! 対戦よろしくお願いします!」
「本気でいくばい、楓ちゃん!」
「はい!」
私ははやかけんをくるっと回し、両手の親指と人差し指で四角を作って固定する。
大蛇が吠える。びりびりと風圧を感じる。私は渾身の霊力を籠めて叫んだ!
「いっけええええ! はやかけんビームッ!!」
「うおおお!!」
光条と光条が正面からぶつかり合う。力は互角!
お父さんたちの気合いを示すように、雨のように打ち鳴らされる鐘と太鼓! お父さんたちの叫び声!
草履を履いた私の足が、ずるずると後ろに下がっていく。競り負けている。
「いけええええ!!」
「くッ……!」
汗がほとばしる。これが祭りの夏。いや違うまだ春だ。
先取りの夏が、今ここで命をぶつけ合う!
「うおおお!! 押し出すばい!!」
「そういうバトルなんですか!?」
「なんかそげんか気分になった!」
「そ、そっかー!」
そっかーなんて言ってる場合ではない。
しかし人間いっぱいいっぱいだと返事が適当になってしまう。
さあどうしようと悩んでいると、ふわっと甘い匂いが漂う。
背後に降り立った珠子さんから、そっと囁き声が聞こえた。
「ねえねえ楓ちゃん。本質を見失っちゃだめ。楓ちゃんは何をするためにここに来たの?」
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