三池の姫神様
羽犬の方言、珠子の方言は全部ネイティブの監修が入ってます
お父さん(ここで言う「お父さん」は一定年齢以上の大人の男性に対する敬称のような使い方)たちの方言はもう少しコッテコテにしたかったのですが、難しいものですね
「楓。彼女は珠子さん。このあたりの山神をしていた女性だ」
「ここまで来てくれてありがとうね、遠いのにわざわざ。助かります」
意味は聞き取れるけれど、思いっ切りイントネーションが筑後弁で面食らう。
普段あまり方言を聴かない環境にいるので、耳が慣れない。
「いえ。こちらこそお迎えありがとうございます」
頭を下げる私に、彼女はあらあらまあまあ、と大きな瞳をますます瞠る。
「あらあ、ほんとに記憶が消えてるみたいね、大変でしょ」
神通力のおかげでどんな内容を言っているのかはわかるのが助かる。紫乃さんが隣で言った。
「言っただろ楓。筑前と筑後で結構方言が違うって」
「な、なるほど……」
羽犬さんは聞き取りやすい人だったんだなあと感じていたところで、珠子さんがスカートを翻して後ろを振り返る。
「おとうさーん、神様と楓ちゃんが来たよ」
彼女が呼ぶと、年齢がバラバラの作業着姿の男の人たちが、何もない空間から突如ぞろぞろとやってきた。
彼らは私を見て気易い笑顔を向けた。
「おう、久しぶりやの楓ちゃん!」
「元気しとったね!」
「なーん、大きくなったねえ! こんなに小さかったのに! がっはっは」
「紫乃様とはもう籍は入れたのか?」
紫乃さんが話す前に、別のお兄さんがバシッと突っ込みを入れる。
「なにいってるんですか先輩、神様に戸籍があったらおかしいじゃないですか」
「がっはっは」
「でも戸籍はおありになるって聞いてたけど、どうでしたかね」
質問を投げてくるおじさんの一人に、紫乃さんが答える。
「戸籍はあるよ。楓とは義理の父娘関係だから、もう既に同じ籍といえば同じ籍だな」
「がっはっは、おどろきますね」
一気に話し始める皆さん。
人間社会に血縁がいない私でもこのノリは知っている。
「し、親戚みたいな勢いですね」
私の反応に、珠子さんがけらけらと笑う。
「そりゃ楓ちゃんは、あやかしや神霊みーんなの孫みたいなものだから」
「それで……珠子さんのお父様はどなたですか?」
「みんなよ」
「みんな!?」
「ねー、私みんなの娘だもんねー?」
「そうそう」
山神様ということはずいぶん古い神様だろうに、娘とは。
珠子さんはスカートを翻し、私たちを案内した。
「こっち。紫乃さんから聞いていたから、みんなを一ヶ所に集めさせて貰ってるわ」
私は紫乃さんと珠子さん、お父さんと呼ばれている男の人たちと一緒にぞろぞろと西鉄の線路沿いを歩いていく。
大牟田駅の西口近くは昭和の町並みのままらしく、大通り沿いは個人店が多いものの裏に入れば住宅街が続く。その中にも古い建物をリノベーションしたおしゃれなスイーツ屋さんや雑貨屋さんが点在する。
線路沿いをしばらく道なりに歩くと、左手にレトロなアーケード街が見えてきた。
歳月を感じる造りながら、掃除が行き届いていて明るい雰囲気だ。
アーケードには銀でGINZAの文字が掲げられている。珠子さんが私たちを振り返った。
「さ、ここ銀座通商店街に複製神域を作るから、そこで遠慮なく暴れてちょうだい」
「神域……ですか?」
珠子さんの言葉に首を傾げる私。紫乃さんが説明してくれる。
「正常化バイアスの話はしただろう?」
「ほんとに正しい正常化バイアスなんですかって思ったあれですね」
「本当だって。神様を信じなさい」
「ほんとかな~」
「とにかく人間に備わった英知、正常化バイアスのおかげで多少なりあやかしがうろうろしていても禊ぎ祓いをしても、あんまり気にされないもんだ。だがここは天神のど真ん中よりはさすがに人目があるし、正常化バイアスもかかりにくい」
「天神はまあ……知らない人もたくさんいますしねえ」
「さすがにビームでドカーンとやると単純に大騒ぎになる。あと物を壊す。迷惑になる」
「そりゃそうだ」
「で……だ。この間の贄山隠のような件は破壊許可を得ていたが、今回みたいなときは複製神域を使うんだ。こことそっくりそのまま、同じ神域を作って、そこで禊ぎ祓いをする。正式な神域─俺の屋敷のような場所だとゼロから作るから相当な手間が必要だけど、複製神域の場合はあくまで複製、かつ簡易的なものだから秒で作れる。そこで禊ぎ祓いを済ませて空間を消せば、その禊ぎ祓いの効果だけを残せる。複製空間も、現実も何も壊れない」
「便利ですねえ」
「そういうのないと、今の世の中じゃ祓いなんてできないものねえ」
珠子さんが笑う。
そして紫乃さんから話を引き継いで、私に禊ぎ祓いのルールを説明した。
「祓って欲しいのはこの銀座通商店街に集めておいた、この辺全体の魂や神霊のかけらの浄化と、あとはお父さんたちの供養かな」
お父さんと呼ばれた人たちがにこやかに手を振る。
生きてる人のように見えても、彼らも神霊なのだ。
「供養……」
「そ。お父さんもちょいちょい、無縁仏になってるのよ。もちろん家族に祀られているけど、せっかくだからって来てる人もいるけどね」
「俺俺。俺の娘も孫も東京におるよ」
「俺はおらーん」
「俺はなんもかんも忘れた~」
「そりゃあんたさんは生きとったときに飲みすぎたい」
「がはは」
和やかなムードで話は続く。
「今回は楓ちゃんの霊力修行をかねて、みんなにはアーケード街を全力で逃げて貰うのよ」
「全力で!?」
「そうよね、紫乃さん」
紫乃さんが頷く。
天神に立っているときもずいぶん綺麗だったけど、レトロな商店街に立っているとますます現実感がない。精巧なコラ画像のほうがまだ信憑性がありそうだ。
私は質問した。
「逃げる皆さんに、私はどうすればいいんですか?」
「思いっ切りビームで捕捉しろ」
「力業ですねずいぶんと」
「修行は努力&根性なのは令和でもあんまり変わらないよ。一時間以内に終わったら合格だ。合格したら駅前の路面電車でやってるフルーツサンドでも、鉄板全部使ったでっかいお好み焼きでも、好きな物食べて帰ろうか」
「わーい! 合格にならなかったら?」
「そのまま帰る。ちなみに今夜は豆の買い付けと勉強会に行ってるから羽犬の夕飯はないぞ」
「つ、辛い! 知らなかった!」
「俺も知らなかった。さっき連絡が入ってて……」
お互いしょんぼりしているところに、パンパンと珠子さんの合図が響く。
「それじゃあ、始めるわよ!」
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