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暗黒色の嘲り  作者: 三千
3/5

後輩の事故死


俺が刑事になろうと思ったのは、刑事ドラマの影響でも、父親の背中を追いかけてでも、もちろん内なる正義感に突き動かされてでもない。


高校在学中に、ひとつの事件があった。事件と言ってもいいのかは、難しい判断だが、俺にとっては人生を左右する出来事だったと言っても過言ではないだろう。


五つ年下の後輩。

彼女の在学中の事故死に関わっている。


そのことが影響して、刑事という職を志願したのだから。







俺が彼女を初めて見たのは、私立の中高一貫校に通っている時の、文化祭の日のことだった。


俺はその時、高校三年生で彼女が中学一年生だったのだが、校舎も別々だし顔を合わせる機会もなかったので、俺はそれまで彼女という存在すら知る由もなかった。


けれど、中高合同の文化祭で彼女を見かけた時、俺は彼女に釘付けになったのだ。

学校の中庭。ベンチにひとり、ぽつんと座っている。


「なあ、あの子って、」


同クラの同級生に訊いてみると、ああ、あの子ね、と薄ら笑いを浮かべている。


「すげえよな、あれ。噂では聞いてっけど、マジで頭、爆発してんなあ。ゴムで結んでるのにあの暴れようはねえよな」


俺は、その下卑た笑いに不快感を抱きながらも、さらに訊いてみる。


「有名なの?」


「ああ、入学早々、めちゃくちゃイジられてんぞ」


俺は、不快感を丸出しにして、言った。もう隠す必要もない。


「なんでイジられてんの? あの子のどこに、笑う要素があるんだよ?」


今ではもう名前も思い出せないその同級生が、今度は、は? という顔を作ると、俺の肩にぐるっと腕を回してきた。


「なあ菅原あ、おまえおかしな奴だなあ。ありゃあ、どう見ても……カツラじゃねえーの? ってな」


「おかしいのはおまえらだろ? どう見てもカツラじゃないし、たとえカツラだとしても別にいいだろ」


「え? あ、おいっ菅原っ」


俺は、同級生を置き去りにしそのまま、ベンチに座っている彼女に近づいていった。

すると、彼女は僕を見てから直ぐにも俯いて、ベンチの端へと移動した。膝の上には弁当箱。教室で食べず、人気のない中庭でひとり食べる意味がわかった気がした。


「ねえ、それって、」


言う前に遮られる。


「う、生まれつきの髪なの」


その言葉の後に、「仕方がないの、自分ではどうしようもないの」、そう続くような気がしたら本当にその通りのことを言う。胸に痛みが走った。

俺は言った。


「可愛いと思うけど」


言いながらベンチの隣に座る。


少しずつ俺と距離を取ろうと、横へ横へとずれていっていた彼女が、えっ、と顔を上げて驚きの表情を見せた。動きが止まる。

けれど、直ぐ。表情がぐにゃりと歪み、泣き出しそうな顔になってしまった。


俺は、なにかおかしなことを言ったか? などと思案している内に、彼女の大ぶりな瞳から、ぽろっと涙が零れた。


眉根に酷く皺を寄せている。唇はぐっと引き結んであり、弓なりのへの字になっている。


「ごめん、俺。なんか変なこと言ったかな……」


一目で可愛いと思った横顔。ふっくらとした頬。少し外国人の血が混じっているのか、すごく綺麗な鼻の形。どれをどう取っても、美人だ。


だが、涙はどんどんと溢れて頬を伝っていき、制服のスカートを握った手の上に、ぽたんぽたんと落ちていく。その唇は、微かに震えていた。


「あのさ。童話に出てくるお姫様みたいで、すごく可愛いと思うけど」


声を上げて泣くのを我慢しているのだろうか。次第にしゃくりあげが酷くなって、背中がびくびくと打ち始める。

俺は慌てて、色々と言った。


「なんで泣くのかな」

「ハーフなの?」

「その髪型、カーリーヘアーって言うんだよね。いまどき珍しくもないと思うけど」


どの言葉にも、これと言った反応はない。


そして。ドキドキしながらも、俺は。


「すごく可愛いと思うよ。似合ってる。あのさ、良かったら今度、学校帰りにでもお茶しない?」


それが追い詰めるようなものになってしまったのか?


彼女は膝の上に置いていた食べかけの弁当箱を片付けると、よろよろと立ち上がった。そして手の甲で目元を押さえながら、逃げ出すように歩き始めた。


「待ってよ」


俺は、咄嗟に腕を取った。彼女は驚いて振り返り、振り払おうとした。

けれど、彼女の非力な腕は、剣道を長年続けていた俺の腕には、到底敵わなかった。


「ご、ごめんなさい。でも離してください」


イジメている、そう思われているらしいことを察すると、俺は心からの言葉を言った。


「え、映画とかでもいいんだけど。そうだ。名前、名前何ていうの?」


ようやく、口を開いたと思うと、彼女が「からかって楽しいですか」と嗚咽を混ぜて言う。


俺は、どうやったらこの気持ちが伝わるのかと、けれどこの手を離しては逃げられる、そう思って彼女の腕を引っ張っていって、ベンチに座り直させたのだった。強引かなとは思ったけれど、すごく好みのタイプの子だったし、歳はちょっと離れてはいるけれど一目惚れのようなもんだったし、もともと歳下で小さくて可愛らしい子が好みのタイプだったこともあって、その時は本気でもっと話したい、付き合いたいと思っていた。


「からかってなんかいないよ」


「……わ、私なんか、」


涙に濡れた瞳に艶があって、俺は心底綺麗だと思った。そして、髪型も。細かなカールに薄茶色が相まって、フランス人形のようで。


そして、説得する(口説く)こと三十分。やっとのことでデートの約束を取りつけた。


それなのに。


デートの当日、彼女は来なかった。映画を観る予定だった。連絡先を交換しなかったのを、これほど後悔したことはなかった。

次の日に、中学の校舎へと足を運んだけれど、彼女は学校を休んでいた。数日の休みの後、彼女は亡くなった。


全校集会で、彼女は車に轢かれて亡くなったのだという説明があった。交通安全の意識を高く持つようにと、校長と警察官がレクチャーしていったこともあり、ショックだったがその時は事故死という原因を、信じて疑わなかった。


刑事を目指そうと思ったのは、彼女が亡くなった時、その『事故死』の状況や背景を何一つとして知らされることがなかったからだ。どんな事故だったのか。何が原因で彼女は亡くなったのか。担任に訊いても知らず存ぜぬの一点張りで、どんなに調べても、彼女の死の真実に辿り着くことが出来ない。



もしかしたらと考えてしまった。

もし、彼女の死が自殺によるものだったら? と。



なにかの衝動に突き上げられ、自ら車へと飛び込んだのではないだろうか?


だとしたら、デートの約束を無理矢理にも承諾させてしまった、俺にも何かの不満や不服の気持ちがあったのではないか?

原因は、俺なのではないだろうか?


悶々とした。


悶々と考えたし、色々と調べて回ってみた。



けれど、何も掴めなかった。原因に辿り着けなかったのだ。

いや、もしかしたら本当に、ただの自動車事故だったのかもしれない。


その時の鬱屈した思いと歯がゆさ、悔しさが、刑事という職業を目指す、きっかけとなったのだと思う。







そして今。

ある殺人事件に遭遇している。




重要な証拠品である、この日記を手にした、今。

その内容に引っ張られている自分がいる。大先輩の刑事、佐藤が呆れるほどの、執着心を持って。


彼女もこの日記の持ち主と同様に、髪質については心を痛めるほどに悩んでいたはずだ。


もちろん、この日記を全部読めば、これがその彼女の持ち物でないことは、わかる。この日記の持ち主の性別、日付から推察される年齢。それが、中一で死んだ彼女のものとが一致しないことからも、直ぐに察しがついた。


けれど、この日記に出てくる『怪物』の持ち主と同じように、彼女が何かそういう得体の知れないものに振り回されていたのではないか、戦っていたのではないかというような気がしてならないのも事実だ。


俺はこの日記の持ち主を探し出したい、という衝動に駆られていた。 


それこそがこの日記にこだわり続ける理由。


今はすでに、証拠品保管庫の片隅へと追いやられている、その存在に。

憧憬の念すら、感じながら。




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