第七話『初めてのお客様』
「いらっしゃいませ! お嬢様、本日はどのような品をお探しでしょうか?」
初めてのお客さんということで、私は気合を入れて少女へと近づいていく。
「そうねぇ。わたくしに似合う宝石を探しに来たの。お願いできるかしら」
まだあどけなさの残る少女は大きな金色の瞳で、まるで品定めをするように店の中を見渡す。
その栗色の髪は肩ほどで切り揃えられていて、開け放たれたままの扉から流れ込む風で、ふわりと揺れた。
「は、はい! お任せください!」
一瞬見惚れてしまいそうになるのを必死に堪え、私は言葉を紡ぐ。
この店のお客様には貴族様や商家の方が多いそうだし、この少女もその関係者に違いない。失礼のないようにしないと。
幸いなことに、貴族相手にへりくだるのは慣れている。あとは、お店にお気に召す品があるかどうか……。
「……エレナ、そろそろやめないか」
そんなことを考えていた矢先、ウィルさんが立ち上がり、呆れ顔で少女を見る。
「……あははっ。ごめんなさい。お嬢様なんて呼ばれたの、初めてだったので。つい調子に乗っちゃいました」
その直後、少女は凛とした表情を崩す。一気にあどけなさが増した気がした。
「あの、ウィルさん、この女性はお知り合いですか……?」
「……妹です」
状況がわからずに問いかけると、彼はこめかみを押さえながらそう口にした。
「え、妹さん……?」
「よく見てくださいよ。こんな貴族様、いるわけないでしょう?」
言いながら、エレナと呼ばれた少女はその場でくるくると回る。
冷静になってみれば、彼女の服装は貴族のそれとはまるで違う。一般庶民のものだった。
「兄から話は聞いています。エレナ・ハーヴェスと申します!」
その直後、彼女は体の前で両手を揃え、深々とお辞儀をする。
「アリシアと申します。お兄様には、ずいぶんとお世話になりまして」
あえて家名を名乗らずに自己紹介をし、同じように頭を下げた。
「妹は転送師でして。いつもは街の反対側にある郵便局で、住み込みの仕事をしているんです」
「テンソウシ?」
聞き慣れない単語に、私は首をかしげる。
「転送魔法を使って、遠く離れたところへ手紙や荷物を届けるお仕事です!」
えへへ、と、満面の笑みを浮かべながら言う。先程までの態度がウソのような無邪気さだ。
「郵便局に遠距離配達の部署があると聞いたことがありますが……まだお若いのに、すごいですね」
「ありがとうございます! と言っても、まだまだ見習いなんですけどね!」
「そうだね。この前練習に付き合った時は、貴重な指輪が屋根の上に飛ばされてしまったし」
「に、兄さん、その話はやめてください! わたしの利口なイメージが崩れちゃうじゃないですか!」
「……ふふっ」
そんな兄妹のやり取りを見ていると、思わず笑いがこぼれてしまう。
「……ところでアリシアさん! 兄とはどのようなご関係ですか!?」
次の瞬間、エレナさんは前のめりになって尋ねてきた。
……あれ? もしかして、何か勘違いをされてない?
「エレナ、アリシアさんの事情は朝のうちに話しただろう。それだけの関係だよ」
「いーえ、兄さんの話は信用できませんから。アリシアさん、本当のことを言ってください!」
ますます顔を近づけながら、彼女は訊いてくる。その瞳は輝いていて、期待に満ちていた。
「兄さんは仕事のことしか頭にないんです。そんな兄が、女性を雇うなんて! これはもう、ロマンスが始まる予感しかしません!」
キラキラと瞳を輝かせながら、エレナさんは言う。
「ほ、本当に何もありません。お会いしたのも、昨日が初めてなんですから」
迫りくる彼女に気圧されながら、私は言葉を紡ぐ。
『エレナは恋バナが大好きだから』
『なんだかんだで、年頃の乙女だよねー』
その時、宝石たちの中からそんな声が聞こえた。その情報、もう少し早く教えてほしかった。
「エレナ、いい加減にしないか。アリシアさんも困っているよ」
その時、圧倒されている私を見かねて、ウィルさんがわずかに声を荒らげた。
この一言はさすがに利いたのか、エレナさんは気落ちした様子で私に背を向ける。
「……まぁ、年頃の男女がひとつ屋根の下。ゆくゆく熱い恋に発展する可能性も大いにありますよね」
……否、全然気落ちしていなかった。
小さな声で何か言っていたけど、ここは聞かなかったことにしよう。
「それはそうと! わたし、アリシアさんのために色々と持ってきたんです!」
ようやく静かになったかと思いきや、エレナさんは満面の笑みで振り返る。
そんな彼女の足元には、大きな木箱が置かれていた。
「エレナ、何を持ってきたんだい?」
「女性のための品物です。ここには兄さんがいるので、わたしの部屋で話しましょう!」
言うが早いか、エレナさんは木箱をひょいと持ち上げると、肩に担ぐ。
それから私の手を取ると、ウィルさんの横を素通りして住居スペースへと向かっていく。
彼女は予想以上に力が強く、とてもじゃないけど逆らえなかった。




