最終話『石の言葉』
……コンテストの優勝が決まったその日、私はガーベラに一通の手紙を送った。
その内容は先日ウィルさんと話した、ハーヴェス宝石工房での新ブランド立ち上げの件。
これまでのことは水に流して、一度会って話しましょう……そんな一文も添えた。
数日後に返事が来たけれど、本文の最後に『ありがとうございます。お姉さま』と、震えた文字で書かれていた。
所々インクが滲んでいるし、妹は泣きながらこの手紙を書いたのかしら。
……なんにしても、全てがいい方向に進んでいきそうな、そんな気がした。
◇
妹に手紙の返事を書いた翌日。私とウィルさんはレイナードさんに呼ばれ、街の食堂にいた。
「いやー、あの石が全部ユークレースだと知った時の審査員どもの顔、傑作だったな!」
数十年ぶりに下町の工房へ優勝をもたらしたということで、レイナードさんが発起人となって祝勝会を開いてくれたらしい。
一箇所に集められたテーブルには豪華な料理が並べられ、その中央には『第五十回・アモイウェル職人コンテスト優勝作品』という札とともに、ウィルさんの作ったバレッタが鎮座している。
スイートピーを模したバレッタは室内の照明を受けて、鮮やかな煌めきを放っていた。
「いやはや、私までお招きいただき、ありがとうございます」
見知った顔ばかりが集まる中には、シルファーさんの姿もあった。
「まさかお前が審査員だったなんてなぁ。隠すなんて人が悪いぜ」
「はて、何のことでしょうか」
レイナードさんはそう言うも、当の本人は澄まし顔だった。
「何にしても、あのウィル坊っちゃんがついにやってくれたねぇ。同じ下町の人間として、鼻が高いよ」
お酒を手にそう口にするのは、パン屋のオーナーであるリージュさんだ。
「ありがとうございます。皆さんの応援のおかげです」
「そう謙遜するんじゃないよ。もっと胸を張りな!」
バシバシとウィルさんの背中を叩きながら、リージュさんはご機嫌だった。
この食堂にいる誰もが、まるで自分のことのように喜んでくれていた。
「やっぱり、最後は愛が勝つんですよ。ねぇ?」
その矢先、最近お酒が飲めるようになったというエレナさんが、食堂中に響く声で言う。
「わたしの愛のキューピッドとしての役割も、よーやく終わりです。お二人とも、お幸せに……!」
すっかり酔いが回っているようで、真っ赤な顔で言葉を紡ぐ。
お祝いの席だから仕方ないけど、かなり悪酔いしている気がする。
ちなみに、私とウィルさんは緊張してしまって、多少お酒を飲んだところでまったく酔えなかった。
◇
……やがて夜も更けてきて、祝勝会も終わりが近づいてくる。
「そろそろか……ウィル、最後に一言頼んだぜ」
頃合いと見たのか、レイナードさんがウィルさんに挨拶を促す。
「兄さん、びしっと決めてくださいね!」
エレナさんに茶々を入れられながらも、彼は緊張した面持ちで皆の前に立つ。
すると、それまでの賑やかさがまるで嘘のように場が静まり返る。
「……緊張するので、そのまま騒いでいてもらえると嬉しいのですが」
ウィルさんは苦笑しながら言う。直後に笑い声が聞こえた。
「……このたびは私のために、このような場を用意してくださり、ありがとうございます。今回の優勝は、皆さんのお力添えなしでは成し得なかったでしょう。これまで私の工房を支えてくださった皆さんに、最大限の感謝を申し上げます」
そう言って一礼すると、大きな拍手が巻き起こる。
「……そして、このバレッタですが」
その拍手が鳴り止まないうちに、ウィルさんはテーブルに置かれていたバレッタを手に取る。
「愛するアリシアさんへ捧げます」
彼がそう口にすると同時に、周囲の視線が一斉に私に向けられたのがわかった。
「ほらアリシアさん、行ってください」
どよめきの声が広がる中、私はエレナさんに促されてウィルさんの元へと向かう。
ふわふわした感覚のまま彼の隣に立つと同時に、再び会場は静まり返る。
「アリシアさん、このバレッタは、あなたに贈るために作ったのです。どうか、受け取ってください」
ゆっくりと差し出されたそれを前に、私は固まる。
彼の気持ちは十分に理解しているけど、これを受け取って良いものか。私は思い悩む。
「……かつて、僕があなたのことをスイートピーの花に例えたことを覚えていますか」
そんな私の胸中を悟ったのか、彼は静かにそう口にする。
もちろん覚えているけれど、それがどうしたのかしら。
「……スイートピーの花言葉は『門出』、『私を忘れないで』、『優しい思い出』。そして『永遠の喜び』です。僕にとっては、まさにアリシアさんそのものを表しています」
続いた彼の言葉に、私の心は震えた。
家を追い出されたことを、『門出』と呼ぶのならば、幼い頃の私の中にあった彼との記憶こそが『優しい思い出』であり、『私を忘れないで』というのは、ウィルさんの願いにほかならない。
……彼はそんな思いを胸に、このバレッタを作ってくれていたのね。
いつしか流れ出した涙を止めることは、もうできなかった。
私はにじむ視界の中、しっかりとバレッタを受け取る。
「それと……この状況で言うのは、大変恥ずかしいのですが」
彼は一瞬だけ周囲に目配せしたあと、まっすぐに私を見つめる。
――スイートピーの花言葉、最後の一つ。
『永遠の喜び』。これに当てはまるものは――。
「アリシアさん、あなたのことを、心から愛しています。これからも、僕と同じ道を歩んでください」
「――もちろん。喜んで」
私も彼をしっかりと見つめ返し、笑顔を返す。
泣いて笑って、この時の私の顔は、それはもうひどいものだと思うけど。
驚きと喜びと、恥ずかしさと……様々な感情が入り乱れて、どうしようもなかった。
直後に、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
温かい拍手に包まれながら、私はふと、ユークレースの石言葉を思い出す。
それは『奇跡』。
石の言葉を聞くことができたこと。
ウィルさんと出会えたこと。
彼が私を好きでいてくれたこと。
そんないくつもの奇跡の果てに生まれた大切な絆を、これから一生、大事にしていこう。
私は心の底から、そう思ったのだった。
追放令嬢は宝石職人に拾われる~宝石の声が聞こえる私は、彼と相性抜群のようです~・完
~あとがき~
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。川上です。
アリシアとウィルの物語、楽しんでいただけましたでしょうか。
このお話はいきつけの天然石ショップで思いついたもので、それこそ石とお話をするようにお手入れをしていた女性店員さんから着想を得ました。
専門的な部分はなるべく減らして書いたつもりですが、伝わりにくい表現があったらすみません。
そしてこの後、アリシアとウィルには幸せな新婚生活が待っているのですが(時々エレナさんに邪魔されるかもしれませんが)、機会があればそのお話も書きたいですね。
改めまして、最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。




