第三十八話『スイートピーのバレッタ』
「……完成です」
コンテストの締め切り当日になって、ようやくユークレースを使った装飾品は完成した。
「きれいですね……これは、バレッタですか」
「そうです。台座には銀を使用して、ユークレースの輝きを邪魔しないようにしました」
「よく見るとスイートピーの形をしているのですね。台座の細工も見事です」
「ありがとうございます。それでは、さっそく参加登録に行きましょう」
綿を敷き詰めた箱に完成品を慎重に収めると、ウィルさんは意気揚々と立ち上がる。
……その拍子に、少しふらついた。
「寝ていないのですから、急に動いては危ないですよ」
「……すみません」
とっさに支えると、彼は苦笑いを浮かべる。
私も思わず笑い返しつつ、彼と一緒に外へと向かった。
その後、参加登録は無事に終了。あとはコンテストを待つだけとなった。
◇
それから数日が経ち、いよいよ職人コンテスト当日がやってきた。
「さあさあ、職人コンテスト名物の工具チョコはこっちだぞ!」
「お手軽なガラス細工もあるよ!」
歴史あるコンテストということで、会場となる街の広場には多くの人が集まり、彼らを目当てにした露天や屋台もたくさん出ていた。
まるでお祭りのような喧騒をよそに、コンテストは粛々と進んでいく。
ウィルさんの作ったバレッタは一次審査、二次審査と無事突破し、いよいよ最終審査を残すのみとなった。
「大丈夫です。兄さんならきっとやれます。大丈夫です」
胸の前で両手を組み、まるで祈るように呟くエレナさんの隣で、私とウィルさんは固唾をのんで審査の行方を見守っていた。
……最終審査に残ったのはガラモンド宝石工房をはじめ、貴族御用達の工房が二つ。残る一つが、ウィルさんの工房だった。
それでも審査員たちの反応を見ている限り、ハーヴェス宝石工房とガラモンド宝石工房の一騎打ちという感じだ。
「ガラモンド宝石工房は、今年も上質なスーパーセブンを用意してきましたな」
「それだけではない。こちらを見なされ。見事な金細工の台座には、アレキサンドライトがふんだんに使われておる」
「ふむ。確かに見事だ」
審査員たちのそんな声が漏れ聞こえてきて、私たちから離れて座るガラモンド宝石工房の店主さんがほくそ笑んでいるのが見えた。
それとなく周囲を見渡すも、人が多すぎてガーベラの姿は見つけられなかった。
「それに対して、ハーヴェス宝石工房の作品は……見事ではあるが、これはアクアマリンか?」
「台座は銀ですな。彫刻は素晴らしいが、スーパーセブンに比べると、いかんせん見劣りが……」
続いて、そんな会話が聞こえてくる。
ユークレースの見た目はアクアマリンに似ているけど、もしかして勘違いをされてる?
希少すぎで出回らない石を使ったことが、仇になってしまったのかしら。
「お待ちください。こちらのバレッタ、使用した石はユークレースとあります。この透き通るような透明感、それでいて存在感を放つ発色。決してアクアマリンなどではありません」
その時、審査員の一人が声を上げる。私はその顔に見覚えがあった。
「……シルファーさん?」
身なりこそ違うものの、審査員たちの中央で熱弁を振るっているのは、間違いなくシルファーさんだった。
「ど、どうして彼が?」
「わかりません。コンテストの審査員は、その道に精通した者の中から、毎年十人ほどが無作為に選ばれます。偶然でしょうか」
「ユークレースのみを使っているというのか? そんな馬鹿な」
「いや、言われてみれば、この輝きは……」
「うーむ、加工が難しいと言われるユークレースを、ここまで見事にカットするとは」
シルファーさんの言葉を皮切りに、審査員たちの評価は一変する。
その流れは最後まで変わることなく、満場一致でハーヴェス宝石工房の優勝が決まったのだった。




