第三十四話『幻の宝石を探して 前編』
ハーヴェス宝石工房に戻った私たちは、さっそくユークレースの採取計画を立てる。
「原石を含んだ岩盤を砕くため、ツルハシは必須ですね。爆弾を使う手もありますが、現地の地盤がどうなっているかわからない上、大きな音を立てると色々問題になる可能性もあります。あとは……」
「原石を運ぶためのカゴか、袋が必要ですね。砕いた原石はそこまで大きくなさそうですし」
「そうですね。アリシアさんの力で原石を選別すれば、そこまで多くの量を運ぶ必要もありませんし。問題は……どうやってこの場所まで行くかですね」
「それですね……」
シルファーさんから教えてもらった場所を記入した地図を見ながら、私は頭を抱える。
山の入口までは街道があるから、そこまでは馬車で行けるけど……そこから先が大変だ。この地図を見た限り、道なき道をかなり奥まで進まないといけない。
「アリシアさんもいますし、できることなら山中での野宿は避けたいのですが」
「どうもー。こんにちはー」
そんなことを話していた矢先、お店の入口からエレナさんの声がした。
その直後、ウィルさんが広げていた地図を即座に折りたたむ。
「あれ? お二人でどこか出かけるんですか?」
作業場までやってきたエレナさんは、周囲に広げられた道具の数々を見ながら不思議そうな顔をする。
「ハイキング……じゃないですよね。お仕事ですか?」
「あー、ちょっと北の山に行く用事ができてね」
「北の山!?」
ウィルさんの言葉を聞いて、エレナさんは驚きの声を上げる。
「山の入口までは馬車を借りようかと思ってるんだけど……」
「あ、それは無理ですよ。この街の馬車、今日から数日間使えないそうです」
続くウィルさんの言葉を、エレナさんが遮る。
「え。そうなんですか」
「はい。なんでも、馬たちが調子悪いとかで。エサが悪かったんですかねぇ」
心配そうな顔でエレナさんは言う。なんでこんな時に限って……。
「どうしてもって言うのなら、わたしの魔法で飛ばしてあげましょうか? 一方通行になりますけど」
思わず頭を抱えていた時、エレナさんから信じられない言葉が飛んできた。
「え、飛ばす……?」
「はい。わたし、郵便局で遠距離配達専門の転送師をしてるって話はしたじゃないですか。その転送魔法で、お二人を山までお送りできますよ?」
「ちょ、ちょっと待つんだ。君の転送魔法は不安定で、しかも人を送るなんてことは……」
「兄さん、いつの話をしてるんですか。わたしの魔法も、この半年でずいぶん上達したんです。それに、人を運ぶことは別に違法じゃないですよ。滅多にやらないだけで」
ウィルさんは明らかにうろたえているけれど、対するエレナさんはひょうひょうとしていた。
「この際、わたしを信じてくれませんか? それとも、馬車が復旧するまで待ちます?」
まっすぐな笑顔を向けられ、私とウィルさんは顔を見合わせる。
「……わかった。エレナの魔法の腕を信じるよ」
ややあって、ウィルさんはそう口にした。
「ありがとうございます! ちなみに、配達料金はお一人様500ルピアスになります!」
「お、お金取るんだね」
「当然です! 送る側だって疲れるんですからね! それで、北の山のどこに運べばいいんですか?」
言いながら、エレナさんは自前の地図を取り出した。
「そうだね……山の入口でいいよ。ここだね」
「ふむふむ。ここなら問題なく運べそうですね」
採取場所を知られないためか、ウィルさんはわざと山の入口を指定していた。
転送魔法なんて体験したことがない。本当に大丈夫なのかしら。
エレナさんはやる気満々だけど、私は少し……ううん。かなり不安だった。
◇
次の日の早朝。私たちは準備を整え、郵便局の転送室にやってきていた。
部屋の四方にはよくわからない紋章が描かれ、それぞれが淡い光を放っている。
「ほ、本当にここから移動できるんですか?」
「そんな怖がらなくても大丈夫ですよー。失敗しませんから」
郵便局員の制服に身を包んだエレナさんがニコニコ顔で言うも、私の中では恐怖心が勝っていた。
不思議な力は持っているものの、私は魔法というものに詳しくないし。
「そうでした。兄さんに渡すものがあります」
落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、エレナさんがウィルさんに何か渡していた。
「……これは?」
「お守りです。兄さんの部屋にありました」
「……こんなもの、よく見つけたね」
そんな会話が聞こえてきたものの、ちょうど彼の陰になっていて、何を渡したのかはよく見えなかった。
「それでは、転送しますよ! お二人とも、準備はいいですね!」
返事をする間もなく、エレナさんは転送魔法を発動。壁に描かれた紋章の光が、いっそう強くなった。
「……ここはエレナの腕を信じましょう」
私の不安を感じ取ったのか、ウィルさんはそっと手を握ってくれた。
なんとも言えない安堵感に包まれる中、紋章の光はますます強くなる。
やがて光が視界を全て覆い尽くすと同時に、私は謎の浮遊感に包まれた。




