第三十三話『職人泣かせの宝石』
倉庫中の宝石たちに向け、コンテストへの参加を呼びかけてみたものの……その結果は散々たるものだった。
普通に加工されるのならともかく、コンテストに出るとなると原石たちも萎縮するのか、誰も立候補しなかった。
「アレキサンドライトさん、あなたならいけます! 私たちと一緒に頑張りましょう!」
「僕の腕を信じてほしい」
『いや、無理だ。脇役程度ならいいけど、主役なんてとてもとても』
「……駄目みたいですね」
これぞという石を見つけては、こうやって二人で励ますも……完全に怖気づいていた。
「今日のところは、諦めて帰りましょう。まだコンテストまで日がありますし、通いつめれば、そのうちやる気になってくれる石もあるかもしれません」
ため息まじりに言って、私とウィルさんは倉庫をあとにする。
お店のほうに戻ると、一人の行商人さんがレイナードさんと会話している。私はその顔に見覚えがあった。
「あら? シルファーさんじゃないですか」
「おやおや、いつぞやはお世話になりました」
向こうも私たちに気付いたようで、うやうやしく頭を下げる。
「なんだ? お前、この二人と知り合いだったのか」
「ええ。ハーヴェス宝石工房さんとは、何度か取引をさせていただきましてね」
「お前のことだし、押しかけたんだろ。俺のお得意さんを取るんじゃねぇぞ」
「取るだなんて、滅相もない。良い職人のところには良い石が集まるものですよ」
朗らかに笑いながら、シルファーさんは言う。一方のレイナードさんは、なんとも言えない顔をしていた。
「ところでお前ら、使えそうな石はあったか?」
「いえ、それが見つからなくて。また日を改めようかと」
「……もしや、職人コンテスト用の石をお探しですかな」
ウィルさんとレイナードさんの会話に、シルファーさんが割って入る。心なしか、その瞳が輝いているように見えた。
「実はそうなんです。なかなか目当ての石が見つからなくて」
「ふぅむ……珍しい石でしたら、ユークレースはいかがでしょう?」
「ユークレース!?」
次の瞬間、ウィルさんとレイナードさんの声が重なる。
珍しく、私は聞いたことのない石だった。
「あの、ユークレースとはなんですか?」
「ユークレースは『職人泣かせの宝石』と呼ばれるほど、加工が難しい石なのです。また、『幻の宝石』とも呼ばれ、市場に出回ることは滅多にありません。私も持っているのは、この欠片だけです」
言いながら、シルファーさんは綿の袋に包まれた小さな石を取り出した。
それは爽やかな水色をしていて、アクアマリンよりも圧倒的に色が濃い。それでいて、室内の少ない光量でもわかるくらい、キラキラと輝いていた。
「……原石でこの美しさとは」
「お前、なんつー隠し玉持ってくるんだよ。これだけで、5000ルピアスは下らねぇぞ」
呆れ返ったようなレイナードさんの言葉に、私は愕然とする。
ほんの指先ほどの石でその値段。とてもじゃないけれど手が出せる代物じゃなかった。
「残念ながら、これは私のお守りのようなものでして。売り物ではございません」
「なんだよ。驚かせやがって」
「……それより、ユークレースの原石をお求めでしたら、耳寄りな情報がございますよ」
水色の宝石を懐にしまったあと、シルファーさんは声を低くした。
「ここから少し離れた山の中に、ユークレースの鉱脈が発見されたのです」
「おいおい、それは本当かよ」
仕入れ業者としての血が騒ぐのか、レイナードさんが前のめりになって訊いてくる。
「真実です。場所が場所だけに、まだ誰からも荒らされてはおりません」
「……その場所はどこなんだ?」
「お一人、5000ルピアスでお教えしましょう」
シルファーさんは笑顔を崩さずに言う。さすが商売人だった。
「足元見やがるぜ。ウィル、どうする?」
「そう、ですね……」
言いながら、ウィルさんはこちらを見た。
私に意見を求めているのだとわかり、しばし考える。
鉱脈のある場所なら、原石もたくさんあるだろう。中にはコンテストに出てもいいという石もあるかもしれない。
予算の半分を使うことになるけど、その価値は十分にあると思う。
「私は払ってもいいと思います」
「わかりました。アリシアさんがそう言うのなら」
「やっぱり決定権は彼女にあるんだな。そういうことなら……俺は今回はやめとくよ。二人に譲る」
レイナードさんはそう言い、奥の倉庫へと向かっていった。
その背を見送ったあと、ウィルさんは代金を支払う。
「毎度ありがとうございます。鉱脈があるのは、こちらになります」
言いながら、シルファーさんは一枚の地図を開いた。
そこに記されていた採掘地は、この街から北に進んだ先にある山の中だった。途中までは街道があるけれど、そこからは険しい山道が続いている。
「こんな場所にあるとは……」
「お二人に限って大丈夫だとは思いますが、この場所については他言無用でお願いします」
口元に指を当てるシルファーさんにうなずきながら、私はふと疑問に思う。
「ところでそんな貴重な石、勝手に採ったりしていいのでしょうか」
「場所が場所だけに、正式な調査が入るのはまだまだ先になるでしょう。それまででしたら、多少採掘されてもお咎めはありません。この業界、早いもの勝ちというのが暗黙のルールですから」
シルファーさんは笑顔を崩さずに言う。
そういうことなら、大丈夫なのかしら。
「ただし、先ほどお伝えしました通り、このことは他言無用。採掘作業はお二人で行っていただきたい」
続けて、シルファーさんは神妙な顔でそう口にした。
誰かに手伝いを頼めば、間接的に鉱脈の場所を教えてしまうことになるし。彼の言うことはもっともだった。
「わかりました。移動方法や採石手段については、これから考えます」
「ええ。お二人に幸運がありますように」
最後にそう口にして、シルファーさんは去っていった。
それを見送ったあと、私とウィルさんもレイナードさんの家をあとにしたのだった。




