第三十一話『職人コンテスト』
夏の暑さも一段落したある日。ポストに一通の手紙が入っていた。
「第五十回・アモイウェル職人コンテスト開催のお知らせ……」
「ああ、今年もその時期が来ましたか」
リビングで手紙を読み上げると、朝食の準備をしていたウィルさんが、手元から視線を逸らさずに言う。
「街一番の職人を決めるコンテストですよ。毎年この時期にやるんです」
「これ、ウィルさんも参加されるのですか?」
「歴史あるコンテストですし、優勝できれば職人にとって最高の名誉ですからね。毎年出していますよ。結果は……いつも振るいませんが」
ウィルさんは最後、言葉を濁した。
「ウィルさんほどの腕を持ってしても、優勝できないんですか?」
「恥ずかしながら。使用する宝石の選定など、単に腕が良いだけでは駄目のようです」
「今年も出すんですよね?」
「そのつもりです。今回はアリシアさんにもアドバイスをしていただきたいですね」
「え、私にですか?」
「ええ。それこそ、女性の感性は重要だと思いますし」
「そういうことなら、お手伝いさせていただきますね」
「よろしくお願いします。まずは去年の作品を見てもらうところからですね」
彼はどこか嬉しそうに言って、フライパンを動かす。きれいなオムレツが完成していた。
◇
朝食を済ませたあと、私はウィルさんと作業場へ移動する。
「……ありました。これが去年の作品です」
やがてウィルさんが奥の倉庫から運んできたのは、銀の指輪だった。
見事な装飾が施されていて、リング部分を一周するように溝が掘られている。その溝には、無数のサファイアがはめ込まれていた。
「これは……すごいですね」
「ありがとうございます。晴れ渡る秋の空をイメージしたもので、サファイアの中に点在する白いインクルージョンは、雲をイメージしています」
「なるほど。さすが、よく考えられていますね」
私はそのリングを持ち上げ、しげしげと眺める。
ちなみにインクルージョンとは、宝石の内包物のこと。
場合によっては透明感の妨げになるのだけど、ウィルさんのテーマを体現する場合、もってこいの素材だった。
その彫刻のセンスもデザインも、最高だと思う。だけど……。
『僕、こんな姿じゃなくて、ひっそりと寄り添うペンダントになりたかったの……』
『私はイヤリング……』
リングに散りばめられたサファイアたちが、むせび泣いていた。
仕方のないことだけど、宝石の意思とは違うものに加工してしまったらしい。
こうなると宝石は元気をなくし、本来の輝きは失われる。落選した理由がわかった気がした。
「あの、この子たちはですね……」
その事実をウィルさんに伝えると、彼は言葉を失っていた。
「アリシアさんの話を聞いてから、薄々そうでないかと思っていましたが……どおりで店頭に並べていても売れなかったわけだ」
がっくりと肩を落としながら、ウィルさんは言う。
これだけマイナス感情を吐き出す石なんて、誰も買いたいとは思わないわよね……。
「と、とにかく。これを反省材料にして、今年こそ優勝を狙いましょう!」
「そうですね。今回はアリシアさんもいますし。頼りにしていますよ」
わざと明るい口調で言うと、彼も立ち直ってくれる。
それからは気合を入れて、コンテストに出す作品について話し合う。
「ウィルさんとしては、今年は何の装飾品を作ろうとお考えですか?」
「今回はブローチやバレッタなどの、サイズの大きいものを用意したいと思っていますが……必要な宝石も多くなります。うちの予算では、そこまでたくさんの宝石を用意するのは厳しいですね」
「それなら、天然石と宝石を組み合わせてみるのはどうでしょうか。コストも安くなりますし、石によっては加工がしやすくなりますよね?」
「確かにそうですが、製作に使用した宝石はその一覧を主催者側に提出しなければいけません。加工しやすい天然石を使った場合、手を抜いたと思われて減点対象になる可能性があります」
「あ……そうなのですね。そうなると、小さな装飾品で勝負するしかないんでしょうか」
「そうなりますね。指輪か、イヤリングか。最近、うちの工房はオリジナルデザインのイヤリングが人気なので、それで行くのもいいかもしれません」
「あのー、少し気になったんですが、去年優勝した工房さん、どんな装飾品作ってましたっけ?」
「それは……って、エレナ?」
ウィルさんと意見を出し合っていたところに、いつしかエレナさんが加わっていた。
「エレナさん、いつからそこにいたんですか?」
「ごめんなさい。いくら呼んでも返事がなかったので、勝手に入ってきちゃいました。それで、さっきの話ですけど」
てへへ、と笑ったあと、エレナさんは真面目な顔になる。
「あれこれ悩むより、去年の優勝作品を参考にしてみません? 審査員の皆さんの好みもわかるかもしれませんし」
私とウィルさんは顔を見わせる。彼女の言う通りだった。
「そうですね……去年の優勝は、ガラモンド宝石工房の出したネックレスでした。客寄せの意味もあるのか、お店のショーウィンドウに飾ってあったはずです」
「ガラモンド宝石工房……どこにあるんですか?」
「以前は路地裏に店がありましたが、コンテストで優勝してからは人気店となり、高級住宅街に近い表通りに店を構えているようです。大きな看板も出ていますし、すぐにわかるかと」
……なるほど。貴族街の入口にあるお店なのね。
ウィルさんのお店で働くようになってからというもの、貴族街には一度も近づかなかったから、全然知らなかったわ。
「わかりました。ウィルさんたちも一緒に来ますか?」
「いえ、僕と妹は店主に顔が割れているので、行かないほうがいいかもしれません」
「そうですねぇ。あそこの店主さん、わたしもちょっと苦手です……」
私が問いかけると、二人は申し訳なさそうにそう言った。
「そういうことなら、私だけで行ってきますね」
そう言ってすぐ、私は身支度に取りかかったのだった。
◇
ハーヴェス宝石工房を出て、貴族街に向けて歩くことしばし。
丘に向かう坂道の入口付近に、その店はあった。
『ガラモンド宝石工房』と書かれた看板が掲げられ、その店構えも立派だった。
「……すごいわね。やっぱり優勝すると、お客さんの入りが違うのかしら」
誰にともなく呟いて、ショーウィンドウに視線を送る。一番目立つところに、そのネックレスはあった。
『第四十九回・アモイウェル職人コンテスト優勝作品』
そんな札とともに鎮座するネックレスは、言うならば七色の輝きを放っていた。
「……これは、スーパーセブン? ここまで極上なものがあるなんて」
スーパーセブンとは、一つの石の中に、アメジストやルチルクォーツといった七つの鉱物が混ざったもの。
本来は天然石に分類されるのだけど、ここまで品質が高いものだと、もはや宝石と言っても差し支えない。
どこで手に入れたのかわからないけど、これなら優勝するのも納得だわ……。
「んん? お客さんかな?」
その時、店の扉が開かれて、店主さんが顔を出した。
ショーウィンドウに張り付いていた私は、完全に虚を突かれてしまう。
「おや、ガーベラ様じゃないですかい」
そして続いた言葉に、私は耳を疑った。




