第三話『宝石職人ウィル』
「部屋はこちらになります。足元に気をつけてください」
その後、私は言われるがままウィリアムさんについていく。
カウンターの脇を通って工房の奥へと進むと、住居スペースが広がっていた。
「ここが妹の部屋です。ベッドも使ってくださってけっこうです」
やがて通されたのは、細い廊下の突き当りにある部屋だった。
室内を見渡すと、ベッドと小さな机、そして姿見が置かれている。
「こちらのクローゼットには洋服も入っていますので、着替えはそちらを使用してください」
「何から何まで、ありがとうございま……くしゅ!」
お礼を言いかけたところで、盛大にくしゃみが出てしまう。
「はは。早く服を着替えたほうが良いですよ。それでは」
ウィリアムさんは軽く一礼すると、そのまま部屋をあとにしていった。本当に礼儀正しい人だわ。
思わず感心したあと、私は着替えを済ませる。
クローゼットに入っていた服は少し胸周りがきついものの、丈はピッタリだった。
そのまま姿見の前に移動すると、自分の姿を映してみる。
……明らかに痩せて、顔色の悪い自分がそこにいた。
元々お屋敷では十分な食事をとらせてもらえなかったし、健康状態がいいはずがない。
こんな見た目の私を、ウィリアムさんはよく招き入れてくれたものだ。
やはりもう一度、きちんとお礼を言わなければ。
私はそう決めて、部屋を出た。
◇
それから工房へ向かうと、ウィリアムさんはこちらに背を向け、何やら作業をしていた。
「あの……」
おずおずと声をかけるも、反応はない。
集中しているのか、私が工房に入ってきたのも気づいていないみたい。
『ウィルは集中するとすごいからね』
『宝石職人としての腕は街一番だよ。商売は下手だけど』
すると、私に気づいた石たちが口々に彼を褒め称える。最後の言葉に、私は笑いそうになる。
『やだー! ボクはブローチになりたいんだー!』
その時、絶叫に近い声が周囲にこだました。
見ると、それはウィリアムさんの手にあるエメラエルドから発せられていた。
彼は手にした彫金ハンマーを、今にもエメラルドに向けて振り下ろさんとしている。
「あの、ウィリアムさん!」
「え?」
つい大きな声を出すと、寸でのところで彼はその手を止め、振り返る。
「ああ……着替え終わりましたか。よくお似合いですね」
屈託のない笑顔で言われ、私は思わず頬が緩……違う違う。今はそれどころじゃない。
「そのエメラルド、今から加工するのですか?」
「ええ、イヤリングにしようと思っていまして」
「あの、素人の私がこんなことを言うのは失礼だと思うのですが……その子、ブローチになりたがっています」
気がつけば、そう口に出していた。しまったと思うも、もはや後の祭りだった。
「……ブローチ、ですか。ふむ……」
私の心境を知ってか知らずか、ウィリアムさんは手元のエメラルドをしげしげと眺めたあと、口を開く。
「……わかりました。確かビーズをあしらったブローチの台座が余っていたはずですし、それを使いましょう」
続いてそう言うと、改めて加工を始める。
その手際は見事なもので、私は彼の一挙一動に見惚れてしまう。
そうこうしているうちに、立派なブローチが完成した。
「これでいかがです?」
私はウィリアムさんが差し出したブローチを受け取り、光に透かす。
その台座は銀色の透かし金具で、まるで花びらのよう。中央に淡い色合いのエメラルドが控えめに鎮座していて、なんとなく温かみを感じる。
「……すごいです。先程までと輝きが違いますね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
私の言葉を聞いて、ウィリアムさんは安堵の表情を見せる。
『ありがとう! ありがとう!』
そんな中、念願のブローチに加工してもらったエメラルドさんは、先程からずっとお礼を言っていた。
……まぁ、ウィリアムさんには聞こえていないのだろうけど。
「こちらのルビー、ペンダントに加工しようと思っているのですが、どう思いますか?」
そんなことを考えていた矢先、そう尋ねられた。
「そ、それは……」
『せっかくなら、バレッタがいいな!』
私が視線を送ると、彼の手にあるルビーが待ってましたとばかりに声を張り上げる。
「そうですね。バレッタがいいと思います」
「髪留めですか……わかりました。やってみましょう」
ウィリアムさんは納得顔をし、再び加工を始める。
固唾を呑んでその光景を見守っていると、やがて美しい髪留めが完成した。
まるで羽根のような形をした真鍮の台座。その付け根に近いところに、大粒のルビーが取り付けられている。
先程のブローチとはまた違い、強い生命力を感じる気がした。
「……不思議ですね。先程までとは、宝石の輝きが全く違う。女性の持つ感性と言ってしまえばそれまでですが、何か違うような」
完成品を見ながら、ウィリアムさんは驚きの声を上げる。
「信じてもらえないかもしれませんが、実は私、宝石の声が聞こえるんです」
少し悩んで、私はそう打ち明けた。
「宝石の声……ですか?」
「そ、そうです。それによって、私は宝石たちが本来希望する姿を知ることができるんです」
「……なるほど。それで先程のような助言を」
「その通りです。出しゃばった真似をして、すみません」
頭を下げるも、ウィリアムさんが言葉を失っているのがわかった。
これで間違いなく、私は変人だと思われるだろう。
けれど、これが今の私ができる、彼に対する精一杯のお礼なのだ。
今すぐにここから追い出されたとしても、悔いはない。
「……なるほど。素敵な能力をお持ちですね」
暴言罵倒も覚悟していた私に、ウィリアムさんは朗らかな笑みを浮かべ、そう言ってくれた。
「し、信じてくれるのですか?」
「もちろんです。あなたの言葉が冗談でないことは、この宝石たちが証明していますよ」
そう言って、彼はブローチとバレッタを愛おしそうに撫でる。
「私が加工する前と、明らかに輝きが違います。それこそ、宝石たちが喜んでいるかのように」
『うん! きれいにしてくれて、ありがとう!』
『削られる時は、少し痛かったけどね!』
「……ぷっ」
そんなウィリアムさんの言葉に反応するように、エメラルドとルビーが言葉を発する。私は堪えきれずに笑ってしまった。
「今、この石たちはなんと言いましたか?」
「きれいな姿にしてくれて、ありがとう……と。あと、身を削られるのは痛いそうです」
「そ、それは……もっと腕を上げる必要がありますね。痛い思いをさせて、すみませんでした」
「ぷっ……あははっ」
目の前の宝石たちに向けて、ペコペコと頭を下げる彼の姿がおかしくて、私は大きな声で笑ってしまう。
これだけ大きな声で笑ったのは、いつぶりだろう。
……こうして、私は生まれて初めて、自分の能力を受け入れてくれる人と出会ったのだった。




