第二十話『浜辺での告白』
……それからしばらく二人で空を眺めるも、エレナさんがやってくる気配はない。
暗闇にすっかり目が慣れた頃、彼女に嵌められたことに気づくも……今更だった。
私とウィルさんは浜辺に腰を下ろし、波の音を聞きながら静かに星を眺めていた。
「……くしゅっ」
昼間の暑さはどこへやら。いつしか体が冷えていたらしく、私は身震いをする。
「夏とはいえ、夜の潮風は冷えますね。どうぞ」
彼は優しい声色で言い、着ていた上着を私にかけてくれた。
「す、すみません。ありがとうございます」
思わず、上着の上から自分の体を抱きしめる。彼のぬくもりを感じた。
「……私、ウィルさんに隠していたことがあります」
しばしの間を置いて、私はそう切り出す。
彼は先日、自身の過去を話してくれた。それなら、私も話すべきだ。
「初めてお会いした日、私が貴族だったという話はしましたよね」
「ええ。理由あって屋敷を追い出されたと」
「はい。……実は私、双子の妹がいるんです」
「それは……」
そこまで言って、ウィルさんは言葉に詰まる。
私の住む国では、双子は忌み嫌われる存在だ。私と妹のように両方生きていることほうが稀で、大抵は双子とわかった時に片方が殺され、存在そのものを消される。
「その妹が、中央貴族に嫁ぐことになりまして。両親は双子の姉である私の存在が公になることを恐れて、家から追い出したんです。今まで黙っていて、すみません」
言い終わると同時に、私は深く頭を下げる。
この国で暮らす以上、双子は縁起が悪いと考える人が大多数だし、店で雇うなんてもってのほかだろう。
今すぐに、僕の前から消えてください……そう言われる覚悟だった。
「……そうだったんですね。僕は気にしませんよ。アリシアさんは、アリシアさんです」
ところが、ウィルさんはさも当然のようにそう言い放つ。
「え……あの、本当に気にしないのですか? 私、双子なんですよ……?」
困惑しながら問いかけるも、彼は静かにうなずく。それから周囲を見渡したあと、声を小さくして言った。
「……実は、エレナには双子の姉がいたんです。その子の場合は、死産でしたが」
その言い方からして、おそらくエレナさんはその事実を知らないのだろう。
「あの時の悲しみは、今もしっかりと覚えています。どこの誰が言い出したのか知りませんが、双子は決して、忌むべき存在なんかじゃない」
ウィルさんは海の向こうを見つめる。その表情は真剣そのものだった。
「……その点、アリシアさんはご両親に感謝しないといけませんよ」
「え?」
続くウィルさんの言葉に、私は目を見開く。
両親を恨みこそすれ、感謝する義理などないはずだけど。
「これはあくまで僕の想像ですが、アリシアさんのご両親は、たとえ双子だろうとお二人を愛していたのではないでしょうか」
「そ、そんなはずはありません。両親は私の持つ力を気味悪がって、いないものとして扱ったんですよ。使用人と同様か、それ以下の扱いで……」
「人は未知の力を恐れる。僕は素敵な力だと思いますが、どうしても気味悪がる者はいるでしょう。それでも、あなたは殺されなかった」
思わず憎まれ口を叩きそうになるも、ウィルさんはそれを遮るように言う。
「使用人たちにも箝口令を敷き、このまま隠し通すつもりだったのかもしれません。それが妹さんの結婚によって、他の家の者が出入りするようになれば……」
「隠せなく、なりますね……」
「そうです。しかも相手は中央貴族だ。立場が上の相手に対し、箝口令は敷けない。そうなると、アリシアさんと妹さんの関係が知られるのは時間の問題です。双子だとわかってしまえば、どちらかが悲しい運命を辿る」
「少しでも生き残る可能性を信じ、家族の縁を切ってまで私を追い出した……そういうことですか?」
「……僕ならば、そうします。使用人と同じ扱いをしたのも、料理や掃除を教え込み、家を出たあとでも一人で生きていけるようにとの思いからでしょう」
ウィルさんの話を聞けば聞くほど、これまでの自分の考えが間違っていたことがわかった。
……両親が私を愛してくれていたなんて、これまで考えたこともなかった。
「あ、ああっ……!」
やがて両親からの真の愛情に気づいた私は、申し訳なさと感謝の気持ちが胸に溢れ、思わず顔を覆う。
ウィルさんはそれ以上何も言わず、ただただ私の肩を優しく抱いてくれたのだった。




