第十九話『夏来る 後編』
私とエレナさんは着替えを済ませて、ウィルさんのもとへ戻る。
「じゃーん、兄さん、どうですか?」
「今年も水着を新調したんだね。似合ってるんじゃないかな」
エレナさんが自信満々に水着を見せると、ウィルさんはそんな感想を口にした。
彼の言う通り、その栗色の髪に映える青色の水着は、活発なエレナさんにすごく似合っていた。
「わたしじゃなくて、アリシアさんの水着を見てあげてください。ほらほら」
そんな兄をジト目で見つつ、エレナさんは私の手を掴んでウィルさんの前へと引っ張っていく。
「あ、あう……」
一方の私は、恥ずかしさのあまり視線を泳がせる。
私が着ているのはエレナさんが選んでくれた桃色の水着で、露出もそこまで多くない。
それでも、人前でこれだけ多くの肌をさらすなんて生まれて初めてだ。ものすごく恥ずかしい。
「え、ええ。きれいですよ」
「あれー? わたしの時とえらく反応が違う気がするんですけど。ほらほら、もっとしっかり見てあげてください」
言いながら、エレナさんは私の背を押していく。気づけば、ウィルさんの顔がすぐ目の前にあった。
「そ、それよりエレナ。火の番をお願いできるかい? 僕はアリシアさんと原石の採取に行ってくるよ」
目のやり場に困ったのか、彼は赤い顔をそらしながら言う。
「おおっ、さっそくデートですか?」
「……仕事だからね」
「せっかく海に来たんですし、お仕事の前に少し遊びません?」
苦笑するウィルさんに対し、エレナさんはそう投げかける。
「わかったよ。少しだけだからね」
彼は一瞬だけ私を見たあと、そう言ってうなずいた。
「やった。さすが兄さん、大好きです」
ぱたぱたと海へ向かっていくエレナさんを微笑ましく見たあと、私とウィルさんも彼女に続いたのだった。
◇
ひとしきり遊んだあと、私とウィルさんは原石探しを始める。
浜辺を歩いていると、時折石の声が聞こえてきた。
「この声の主が、探している天然石なんでしょうか」
「おそらくそうです。どこから聞こえますか」
「えっと……すぐ足元です。ここですね」
私は近くの砂を掘る。ややあって、海と同じ色をした石が出てきた。
『はぁぁ……やっと出られた。助けてくれて、ありがとう!』
「いえ、どういたしまして」
思わず返事をしたあと、石についていた砂を払い落としてあげる。透明感のある青色がより強くなり、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
「それがアクアマリンの原石です。さすがアリシアさん、すぐに見つけてしまいましたね」
驚きと賞賛の混ざった声で、ウィルさんが言う。
「この石たちは、普段からこうやって砂に埋まっているのですか?」
「いえ。本来は岩石の中にあるのですが、長い年月をかけて砕けたものが波に運ばれ、この浜辺に流れ着くのです。地表にあるものはすぐに回収されてしまいますが、地中にあるとそう簡単には見つかりません」
それこそ、アリシアさんの能力がなければ。と、ウィルさんは続けた。
……出不精の彼が海に行くなんておかしいとは思っていたけど、そういうことだったのね。
「それなら、原石探しは私に任せてください。このあたりのアクアマリン、全部取り尽くしてしまいましょう!」
彼に頼りにされているとわかり、私は俄然やる気が出る。
アクアマリンと思わしき声は、至るところから聞こえていた。
……それから浜辺を歩きまわり、かなりの数のアクアマリンを見つけることができた。
「ありがとうございます。これだけあれば、しばらく材料には困りません」
ウィルさんは大量のアクアマリンを抱え、子どものような笑顔を見せていた。
そんな彼を見ていると、私も嬉しくなる。
「お二人とも、いつまでイチャイチャしてるんですかー?」
そんなことを考えていた矢先、エレナさんの声がした。
ふと空を見ると、西の空が茜色に染まっている。
もうそんな時間なのね……なんて考えていると、どこからかいい匂いが漂ってくる。
不思議に思いながらエレナさんのもとへ戻ると、たくさんの魚が焼かれていた。
「この魚、どうしたんです?」
「お二人が留守にしている間に、街の漁師さんと仲良くなりまして。譲っていただいたんですよ」
えっへん、と胸を張る。さすがの人懐っこさだった。
もちろん食料は持ってきていたけど、まさか新鮮な魚が食べられるとは思わなかった。
◇
やがて日が沈み、寝間着に着替えた私はエレナさんと同じテントで休むことになった。
「アリシアさん、星を見に行きませんか?」
昼間の暑さも一段落し、そろそろ寝ようかと思っていた矢先、エレナさんが瞳を輝かせる。
「え、星ですか?」
「そうです! ラクトア周辺は星空がきれいなことで有名なんですよ! これは一見の価値アリです!」
言いながら、彼女は私の背を押してテントから追い出す。
「わたしもあとで行きますから、浜辺で待っていてください!」
続けてそう言うと、彼女はテントの中に引っ込んでしまう。
私は首をかしげたあと、一人で浜辺へと向かった。
「……わぁ」
やがてたどり着いた浜辺で、私は思わず声を上げる。
見渡す限り、満天の星。
今日は波が少ないのか、海面にもその星が映り込んでいる。すごく幻想的な光景だった。
「……あれ、アリシアさん?」
その時、背後から声がした。振り返ると、ウィルさんが立っていた。
「ここで星を見ようと、妹に言われたのです。先に来ていたのですね」
「え、ええ。まぁ」
どこか曖昧な返事をして、視線を空へと戻す。ウィルさんが隣に立つ気配がした。
「……きれいな星空。アモイウェルの夜空とは、全然違います」
「ええ。まるでダイヤモンドを散りばめたようです」
「……星を宝石に例えるなんて、さすが宝石職人ですね」
「はは、もはや職業病ですかね」
暗くて顔は見えないけれど、彼はきっといつもの表情で頭を掻いているのだろう。
その姿を、いつしか容易に想像できるようになった自分がおかしくて、思わず笑ってしまった。




