第十八話『夏来る 前編』
「修理を終えたものがこちらになります。ご確認ください」
「まぁ、素晴らしい出来ですわ! 見違えるような美しさです!」
それから二日後。修理が終わった指輪を貴族様にお渡しすると、たいそう喜んでくれた。
『カテリーナ、ありがとう。私も生まれ変わった気分よ』
宝石のほうも嬉しそうで、これまで以上の輝きを放っていた。
台座を交換したわけだし、実際に半分以上生まれ変わっているのだけど……喜んでくれてなによりだった。
……その日から、貴族たちからの修理依頼が定期的にやってくるようになった。
おそらく、先の貴族様が社交会か何かで、ウィルさんの工房を紹介してくれたのかもしれない。
◇
……そんなこんなで日々が過ぎ去り、段々と日差しがきつい季節になってきた。
必然的に室温も上がるので、作業に集中するあまり窓も開けないウィルさんが水不足で倒れやしないかと、私は気が気ではなかった。
「暑いですし、皆で海に行きませんか?」
そんなある日。工房へやってきたエレナさんが、流れ落ちる汗を拭きながらそう口にした。
「唐突だね。いったいどうしたんだい」
「これですこれ。これ見てください」
興奮気味の彼女が取り出したのは、一枚の絵ハガキだった。その表面には、青い海と青い空、白い砂浜が描かれている。
彼女は郵便局に勤めているし、販売用のハガキなのかしら。
「この砂浜、ラクトアにあるらしいんです。こんなきれいな場所があるなんて知りませんでした」
ラクトアというのは、先日ストーンマーケットが行われたリングラッド街道を南に進んだ先にある港町だ。
実際に行ったことはないけれど、貴族の避暑地として有名な場所だったりする。
「せっかくですし、三人で遊びに行きません? 兄さんもずっと工房に籠もっていると体に悪いですよ!」
エレナさんは笑顔を絶やさずに言うも、私は反応に困る。
海には行ったことがないし、少し気になるけど……お店を空けるわけにはいかない。
「夕日に染まる海辺で語らう二人……これはもうロマンスが生まれる気配しかしません」
……エレナさんは瞳を輝かせながら、何か言っていた。
なるほど。本音はそっちですか。
「さすがにダメですよ。お店を休むことになってしまいますし。ねぇ?」
「……ラクトア周辺は、良質なアクアマリンの産出地としても有名です。仕入れのついでに行くのもいいかもしれません」
一緒に反対してもらおうとウィルさんに声をかけるも、彼は真剣な表情でそう言った。
……こうなると、彼も石のことしか頭になさそうだ。
「決まりですね! 来週、三人でラクトアへ行きましょう!」
そんな兄の性格をわかっているのか、エレナさんは満面の笑みを見せ、胸の前で手を叩いた。
「それではアリシアさん、今から水着を買いに行きましょうか!」
「え、水着……!?」
「そうですよ! アリシアさん、水着持ってないでしょう?」
そういうが早いか、エレナさんは私の手を掴む。
「た、確かに持ってはいませんが、私はその」
「兄さん、ちょっとアリシアさんお借りしますね!」
その場で弁解しようとするも、抵抗虚しくお店の外へと連れ出されてしまった。
……その後、エレナさんに連れてこられた洋服店で、私は水着を選ぶことになった。
「やっぱり、ここは情熱的な赤でしょうか。アリシアさんの桃色の髪にも合うと思うのですが」
「さ、さすがにそれは派手すぎますよ。もう少し落ち着いた色合いに……」
「そうですか? なら、胸を強調するようなデザインに……兄さんを悩殺しちゃいましょ」
誰を悩殺するって言いました? そんな考え、毛頭ありませんからっ。
「素材がいいですから、どの水着でもお似合いになりますよ。こちらの水着もオススメです」
エレナさんに感化されたのか、店員さんも乗り気だった。
結局、私はまるで着せ替え人形のように、様々な水着を試着する羽目になったのだった。
◇
そうこうしているうちに、ラクトアへ出発する日がやってきた。
朝早くに工房を出た私たちは、それぞれが一泊分の荷物を背負って街道を進んでいく。
しばらく歩いていると、目的地である港町ラクトアが見えてきた。
平地に家屋が並び、丘の上には貴族のお屋敷が立ち並んでいる。この光景はアモイウェルと変わらないようだ。
「風に潮の香りが混ざってきましたねー。いよいよですよ!」
「エレナ、はしゃぐのはいいけど、転けないようにね」
「わかってますよ! 兄さんは心配性で……おっとっと!」
そう注意された矢先、エレナさんは大きく前につんのめる。ウィルさんが素早く手を伸ばし、背中の荷物ごと彼女を支えた。
「……言ってるそばからこれだ。地面も砂まみれで滑りやすくなっています。アリシアさんもお気をつけて」
「は、はいっ。気をつけます」
エレナさんの二の舞いになるまいと、私はしっかりと足に力を入れて進む。
その格好がおかしかったのか、ウィルさんとエレナさんは二人揃って笑っていた。
やがて中央通りを通り抜けると、真っ白い砂浜が見えてきた。
「はー、すごいです。本当に絵ハガキのまんまです」
周囲を見渡しながら、エレナさんが感嘆の声をあげる。私も同じように感動していた。
これだけ美しい場所なのに、私たちだけしかいない。
「ひとまず、僕は宿泊用のテントを立てますね。お二人は……」
「わたしたちはあの岩場で水着に着替えてきますね! 兄さん、アリシアさんの着替え、覗いちゃ駄目ですよ?」
「覗かないよ。早く着替えておいで」
わずかに動揺した口調でウィルさんは言う。その顔は少し赤い気がした。




