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追放令嬢は宝石職人に拾われる~宝石の声が聞こえる私は、彼と相性抜群のようです~  作者: 川上とむ


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第十七話『母との思い出』


 ようやくお客さんの波が一段落した頃には、お昼をとうに回っていた。


「……嵐のようでしたね」

「接客を全て任せてしまい、申し訳ありません」


 思わずテーブルに突っ伏していると、二人分のサンドイッチを持ったウィルさんがキッチンから出てくる。


「いえ、それは全然構わないです……ウィルさん、昨日も夜遅くまで作業されてましたし。こちらこそ、料理を任せてしまって、すみません」


 そう謝ってから顔を上げる。目の前に置かれたサンドイッチからは、卵のいい香りが漂ってきていた。


「昨日作った装飾品は、ほとんど売れてしまいましたね。これは、今日も夜通し加工作業ですかね」

「意気込むのはいいですが、お身体のことをきちんと考えてくださいね。工房主さんに倒れられたら、このお店はおしまいですよ?」

「はは、わかっていますよ。今日は早めに休みます」


 ……そんな会話をしていた時、けたたましい馬車の音が表に響き渡る。

 何事かと思っていると、その馬車はハーヴェス宝石工房の前で停まった。


 ややあって、中から従者さんを引き連れた若い女性が出てきて、まっすぐにこちらに歩いてくる。

 その服装は、目も覚めるようなオレンジ色のドレス姿で、同系色の帽子を被っている。


 初めて見る顔だけど……馬車に従者、そしてあの身なり。どう見ても貴族様だ。

 私とウィルさんは素早く身なりを整え、接客モードになる。


「お邪魔いたしますわ」

「いらっしゃいませ。本日はどのような品をお求めでしょうか」

「本日は買い物ではございませんの。アルフレッド」


 優しい口調でウィルさんが声をかけると、女性は派手な扇で口元を優雅に隠しつつ、従者さんに目配せをする。


「こちらでございます。まずは中身をご覧ください」


 言いながら、従者さんは小さなジュエリーボックスを差し出してくる。


「……拝見いたします」


 ウィルさんがそれを受け取り、中身を確かめる。中にはルビーの指輪が入っていた。


「こちらはお嬢様が亡き母君から受け継いだ指輪になりますが、先日、壊れていることがわかりまして」


 従者さんは淡々とした口調で言う。よく見れば、宝石が台座から外れかかっていた。


「これは大事なものですの。どのくらいで直りまして?」

「そうですね……これでしたら、二日いただければ直せるかと」


 しばし指輪の状態を確認したあと、ウィルさんはそう口にする。


「……まぁ、たった二日で? この工房の職人さんは非常に腕がいいと聞いていましたが、噂に違わぬようですね。期待しています」


 その言葉を聞いた女性は、笑顔の花を咲かせていた。

 最近は装飾品を買ってくれる貴族様も増えたし、上流階級でもウィルさんのことが噂になっているのかしら。


「それでは、また明後日のお昼頃に。代金もその時にお支払いします」

「かしこまりました。ご期待に添えるよう、尽力いたします」


 一礼するウィルさんに(なら)って、私も頭を下げる。貴族様は満足げな表情で、従者さんを連れて去っていった。


 ◇


 その日の営業を終えて夕食を済ませると、ウィルさんはすぐに作業場に向かい、指輪の修理を始めた。

 洗い物を終えた私も、彼の隣で作業を見守る。


『ねぇ私、どうなってしまうの?』

「怖がらなくていいですよ。削ったり、壊したりしませんから」


 私が同席する主な理由は、修理されるルビーのケアだ。

 怖いのか、石そのものがくすんでいる気がするし。余計な不安は取り去ってあげたい。


「……この指輪、大がかりな修理が必要ですか?」

「いえ、修理自体は簡単です。ただ、留め具が完全に折れてしまっているので、台座は交換せざるを得ません」

「ずいぶん古い台座ですが、同じものがあります?」

「うちの工房も古いので、なんとか用意できます。思い出の品らしいですし、早く返してあげたいですね」


 手際よく手を動かしながら、ウィルさんは続ける。


「ところで、アリシアさんは母親との思い出はありますか」

「え?」


 その時、唐突にそんなことを訊かれた。

 少しだけ思い返してみるも、叱責されたり、悪態をつかれた記憶しかない。


 ずっと昔、まだ宝石の声が聞こえると知られる前は……普通に母親として、愛情を注いでくれていた気がする。その記憶ももう、おぼろげだけれど。


「……あまりいい思い出はないですね」


 しばし考えて、私はそう口に出す。


「そうですか。僕には母親との思い出がほとんどないので、思い出があるだけ羨ましいです」


 ウィルさんは作業の手を止めず、呟くように言う。


「母は妹を産んだ時に亡くなりまして。その後は、父に育てられました」

「……そうだったんですね」

「当時は工房の経営も上手くいっておらず、父は幼い妹の面倒を友人に頼み、貴族を相手に宝石を売り歩いたと言います。僕も物心ついた時には、そんな父について行商に回っていました」

「そんな幼い頃から、お父様と一緒に……」

「まぁ、父としては子どもが一緒にいるほうが同情してもらえ、商売がうまくいったのかもしれませんが。貴族の屋敷の中を勝手に歩き回る、やんちゃな子どもでしたよ」


 どこか恥ずかしそうに、ウィルさんは頭を掻く。


「ウィルさんにも、そんな頃があったのですね」

「と、当然です。ですので、このような思い出の品を見ると、少し羨ましくなるんです」


 どこか寂しげに、彼は指輪に視線を送る。

 年不相応に無骨なその手には、彼のこれまでの苦労が刻まれている気がした。


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― 新着の感想 ―
一緒に居れなかっただけで愛されていたであろう男性が、虐待されていた女性に向かって「思い出があるだけ羨ましい」はあまりに無神経すぎる…… 事情も出会ったときの状況も知っているはずなのに、その発言はなんだ…
ウィルが「思い出があるだけ羨ましい」と話すところ ここにたどり着いた時の姿を知っている上に、直前に母にいい思い出がないと言及されているのに、羨ましいだと…? 荷物もないぼろぼろの姿でさまよう羽目になっ…
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